はじめに
「サプライチェーン全体のCO2排出量を把握したい」「製品の環境性能をアピールしたい」といった脱炭素経営の要請に応える手法が、LCA(ライフサイクルアセスメント)です。
LCAは、製品の原料調達から廃棄まで、一生を通じた環境負荷を科学的に評価する手法です。そして、その算定の精度と信頼性を支える重要な項目が「原単位データベース」です。
しかし、データベースには多くの種類があり、どれを選べば良いか迷う方も少なくありません。
本記事では、LCA算定の基本から主要なデータベースの比較、そして自社に最適なデータベースを選ぶための実践的なポイントまでを網羅的に解説します。
1. LCA算定における2つの算定手法
原単位データベースを理解する上で、まずLCAの主要な算定アプローチである「積上げ法」と「産業連関法」の違いを知ることが重要です。
1-1. 積上げ法(プロセス法)
製品を構成する部品や原材料、エネルギー消費量などを一つひとつ積み上げて、全体の環境負荷を計算する方法です。
メリット:製品の構造を詳細に反映できるため精度が高く、特定の工程の改善効果を分析しやすい。
デメリット:データ収集に膨大な手間と時間がかかり、評価範囲外の負荷が漏れる可能性がある。
1-2. 産業連関法
国の経済活動流れを表した「産業連関表」をもとに、ある産業が生み出す製品1単位あたりの環境負荷を推計する方法です。
メリット:経済活動全体を網羅するため評価の漏れがなく、比較的少ない労力で算定できる。
デメリット:あくまで産業全体の平均値のため、個別の製品や技術の違いを反映できず、精度が粗くなる。
なお、多くのLCA算定では、この2つの手法を組み合わせた「ハイブリッド法」が用いられます。
自社のデータが手に入る範囲は「積上げ法」で算定し、把握が難しい上流のサプライチェーンは「産業連関法」で補う、といった形です。
ただし、いずれの方法が正解というわけではなく、自社の算定目的や状況に合わせて手法を選択する必要があります。
2. 主要なLCA原単位データベース比較
国内外には様々なLCAデータベースが存在します。ここでは代表的な7つのデータベースの特徴を比較表で見ていきましょう。
データベース名 | 提供元/国 | アプローチ | 主な対象地域/分野 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
IDEA | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 | 積上げ法 | 日本 / 全般 | 日本の産業実態を反映した、国内で最も代表的なデータベース。有償。 |
JLCAデータベース | 日本LCAフォーラム | 積上げ法 | 日本 / 全般 | 日本の業界団体が作成したデータが中心。国内製造業に強み。会員制。 |
ecoinvent | ecoinvent協会 (スイス) | 積上げ法 | 全世界 / 全般 | 世界で最も広く利用されている、グローバルスタンダードなデータベース。有償。 |
Agri-footprint | PRé Sustainability (オランダ) | 積上げ法 | 全世界 / 農産物・食品 | 食品・飼料・農業分野に特化した世界最大級のデータベース。有償。 |
Agribalyse | フランス環境エネルギー管理庁:ADEME (フランス) | 積上げ法 | フランス / 農産物・食品 | フランスの農業・食品に特化した公的データベース。無償。 |
3EID | 国立環境研究所 (日本) | 産業連関法 | 日本 / 全般 | 日本の産業連関表がベース。Scope3算定の初期評価で広く利用される。無償。 |
Eora MRIO | シドニー大学等 (豪州) | 産業連関法 | 全世界 | 世界190カ国を網羅する多地域間モデル。グローバルなサプライチェーン分析に強み。有償。 |
3. 自社に最適なデータベースを選ぶ4つの重要ポイント
数あるデータベースの中から、自社に最適なものを選ぶにはどうすればよいのでしょうか。以下の4つの視点で検討することが重要です。
ポイント1:算定目的と要求精度を明確にする
まず、「何のためにLCAを算定するのか」を明確にしましょう。目的によって、求められる精度やデータの種類が異なります。
取引先への報告・規制対応:ISO規格への準拠や第三者検証をクリアできる、信頼性の高いデータベース(例: IDEA, ecoinvent)が求められます。
製品の環境性能改善:特定の工程を詳細に分析できる「積上げ法」のデータベースが適しています。
CSRレポートでの全体像の把握:まずは「産業連関法」のデータベース(例: 3EID)で全体を把握し、重要なカテゴリを深掘りする方法が効率的です。
ポイント2:対象地域とサプライチェーンの特性を考慮する
製品のサプライチェーンがどこまで広がっているかも重要な選定基準です。
国内中心のサプライチェーン:日本の産業実態を反映したIDEAや3EIDが第一選択肢となります。
グローバルなサプライチェーン:海外の取引先も多い場合は、世界中のデータを網羅するecoinventやEora MRIOの利用が推奨されます。
ポイント3:予算とライセンス条件を確認する
データベースの利用にはコストがかかります。無料のものから高額な年間ライセンスが必要なものまで様々です。
コスト:初期費用だけでなく、データの更新費用やサポート費用も含めたトータルコストで比較検討しましょう。
ライセンス条件:「社内利用のみ」「外部報告可能」「商用コンサルティングでの利用可能」など、利用範囲に関する規約を必ず確認してください。特定の用途に限定されている場合もあります。
ポイント4:利用ツールとの互換性を確認する
LCA算定は多くの場合、専用のソフトウェアと連携して行います。
データ連携:導入を検討している、あるいは既に利用しているLCAソフトウェアが、そのデータベースに対応しているかを確認しましょう。
システムの拡張性:将来的にERP(統合基幹業務システム)やBIツールと連携させる可能性も考慮し、API連携やデータエクスポートの柔軟性も見ておくと良いでしょう。
4. データベース活用の課題と解決策
LCAの実施には、データ収集の負担や最適なデータベース選定の難しさといった課題が伴います。特に、自社製品に特有の工程や材料については、既存のデータベースだけでは対応できない場合もあります。
これらの課題を解決し、LCAの精度と効果を最大化するためには、専門的な知見を持つLCAコンサルタントの活用が有効な選択肢となります。
コンサルタントは、データ収集の支援から最適なデータベースの選定、さらには独自原単位の開発まで、LCAの全プロセスをサポートしてくれます。
まとめ
LCA算定の信頼性は、その根拠となる「原単位データベース」の適切な選択と活用にかかっています。
本記事で解説した「算定の目的」「サプライチェーンの範囲」「予算」「ツールとの互換性」という4つのポイントを総合的に考慮することで、自社に最適なデータベースを選び、信頼性の高いLCAを実施することが可能になります。
適切なデータベースの活用は、企業の環境負荷を正確に把握し、効果的な削減策を導き出すための第一歩です。
ALCAでは、LCAの専門家がお客様の目的や状況に合わせて、LCAやCFPの算定を適切にサポートいたします。
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お問い合わせ参考資料
国立研究開発法人産業技術総合研究所エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEAラボ、IDEAの概要
https://riss.aist.go.jp/idealab/idea/
LCA日本フォーラム、JLCAデータベースLCA(ライフサイクルアセスメント)のポータルサイト
https://lca-forum.org/database/
ecoinvent - Data with purpose.
https://ecoinvent.org/
SimaPro,Agri-footprint database
https://simapro.com/products/agri-footprint-database/
SimaPro,AGRIBALYSE 3.1 French agricultural and food database
https://simapro.com/products/agribalyse-agricultural-database/
国立研究開発法人国立環境研究所「3EID - 産業連関表による環境負荷原単位データベース」
https://3eid.nies.go.jp/
Eora Global MRIO
https://worldmrio.com/