はじめに
LCA(ライフサイクルアセスメント)において製品やサービスの環境負荷を正確に算定する上で、信頼できるデータベースの選定は不可欠です。
特に、サプライチェーン全体での温室効果ガス(GHG)排出量算定が求められる中、その基盤となる「LCAデータベース」への注目は一層高まっています。
本記事では、日本発のLCAデータベースである「IDEA(Inventory Database for Environmental Analysis)」に焦点を当て、その特徴、メリット・デメリット、そして最適な活用方法について詳細に解説します。
1. LCAにおけるデータベースの役割と分類
LCAは、製品やサービスのライフサイクル全体(資源採取から製造、流通、使用、廃棄・リサイクルまで)における環境負荷を定量的に評価する手法です。この評価には、各プロセスにおける投入資源や排出物質に関するデータが必要不可欠であり、その情報を提供するのがLCAデータベースです。
LCAデータベースのデータ収集方法は、大きく分けて「プロセス法」と「産業連関法」の2種類があります。
プロセス法(積み上げ法))
特定の製品やサービスの製造プロセスにおける詳細なインプット(原材料、エネルギーなど)とアウトプット(製品、排出物など)を一つ一つ積み上げて算出する方法です。詳細なデータが得られるため、特定の製品やプロセスの改善点特定に有効です。しかし、サプライチェーン全体を網羅するには膨大なデータ収集が必要となる点が課題です。
産業連関法
経済活動全体を産業部門間の取引として捉え、各部門の生産活動に伴う平均的な環境負荷を算出する方法です。広範囲の網羅性に優れ、データ収集の手間を削減できますが、個別の製品やプロセスの詳細な評価には限界があります。
LCAの目的や要求される精度に応じて、これら2つの手法を組み合わせた「ハイブリッドアプローチ」が用いられることもあります。
詳細は「LCA応用_DB」記事をご覧ください。
2. IDEAデータベースの概要と開発経緯
IDEAは、国立研究開発法人 産業技術総合研究所(AIST)のIDEAラボが開発を主導し、JEMAI(一般社団法人サステナブル経営推進機構)と共同で提供している日本発のLCAインベントリデータベースです。
2010年にVersion 1.0がリリースされて以来、日本の産業構造や統計データに基づいて継続的に更新・拡張が行われてきました。
最新バージョンは2025年4月21日にリリースされたIDEA Ver.3.5です。
IDEAは、その高い網羅性、透明性、データ品質により、現在では世界三大LCAデータベースの一つとして国際的にも認知されています。
開発当初の目的は、日本国内でLCAを実施する際に参照できる信頼性の高い二次データが不足していた点を解消することにありました。
統計情報によるデータと積み上げデータをハイブリッドするアプローチを採用することで、日本のほぼ全ての経済活動を網羅し、かつ一定のデータ品質を担保したデータベースの構築を目指しました。
3. IDEAの最大の特徴:メリットとデメリット
IDEAは、日本のLCA実務において特に強みを発揮しますが、利用上の注意点も存在します。
メリット(強み)
高い網羅性と代表性 | IDEAは、日本のほぼ全ての経済活動(農林水産物、工業製品、サービスなど)を網羅する約5,600件以上のプロセスデータセットを有しています。データは日本の国家統計や産業実態に基づいており、日本国内のLCA算定において高い代表性を持ちます。 |
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ハイブリッドアプローチ | プロセスベースのLCIデータと経済産業連関表から派生したデータを組み合わせるハイブリッドアプローチを採用しているため、詳細なプロセスデータが不足しているセクターのギャップを埋め、網羅性と完全性を両立しています。 |
高い透明性とデータ品質 | 各データセットには詳細な入出力データ(単位プロセスデータ)が含まれており、高い透明性を誇ります。これにより、ユーザーはデータの成り立ちを理解し、必要に応じて自社データとの置き換えを行うなど、LCA算定の精度向上に貢献できます。 |
幅広い環境影響領域に対応 | 地球温暖化(GHG排出量)だけでなく、酸性化、オゾン層破壊、鉱物・化石資源消費、水資源消費、土地利用など、940以上の基本フローで主要な環境影響領域をカバーしています。 |
最新の社会実態への対応 | 最新バージョンであるVer.3.5では、国内の排出原単位や発電データが2020年相当に更新され、特に再エネ、物流、建設分野のデータが強化されています。これにより、Scope 3カテゴリ1(購入した製品・サービス)、カテゴリ4(輸送・配送(上流))、カテゴリ9(輸送・配送(下流))の算定精度が向上しています。また、日本のインベントリデータベースとして初めて、人為的な土地利用変化に伴うGHG排出量を定量できるようになりました。 |
デメリット(利用上の注意点)
ライセンス費用 | IDEAは有料のデータベースであり、ライセンス数や利用目的(一般企業、中小企業、アカデミーなど)によって費用が異なります。例えば、一般企業が1ライセンスを1年間利用する場合、税抜200,000円からとなります(2025年2月時点)。導入には初期費用と継続的なランニングコストがかかります。 |
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海外データの網羅性 | IDEAは日本国内の経済活動に特化して開発されているため、日本国外のサプライチェーンやプロセスに関するデータは、海外版が提供されているものの、ecoinventのようなグローバルデータベースと比較すると網羅性に限界がある場合があります。 |
一部の原単位の変動 | 最新バージョンでは統計データの刷新やモデリングの精緻化により、一部の原単位でGHG排出量が大きく変動するケースが見られます。これは「より現実を反映した結果」ではありますが、過去の算定結果との比較や社内外への説明においては、その背景を十分に理解し、適切な情報開示が求められます。 |
4. 課題点と今後の展望
IDEAは常に進化を続けていますが、以下のような課題と今後の展望が考えられます。
・ILCD Entry Levelへの対応
国際的なLCAデータ交換フォーマットであるILCD (International Life Cycle Data System) Entry Levelへの対応を進めることで、国際的な相互運用性がさらに向上し、より広範なLCAソフトウェアやデータベースとの連携が期待されます。
・海外データのさらなる充実
グローバルサプライチェーンを持つ企業にとって、海外データの網羅性は依然として重要な課題です。今後のバージョンアップで、より多くの国や地域のデータが追加されることが期待されます。
・データ品質の維持・向上
産業活動や技術の進展に合わせて、データの鮮度と精度を維持・向上させるための継続的な更新とレビューが不可欠です。
・ユーザーフレンドリーなアクセス
現在、Excel形式での提供に加え、LCAソフトウェアMiLCAへの標準搭載や、Webシステムでの閲覧も可能です。今後は、より多様なLCAソフトウェアとの連携強化や、APIを通じたデータアクセスなど、ユーザーがデータをより利用しやすくなるための技術的改善が期待されます。
5. 想定される利用者と活用シーン
IDEAは、特に以下のような企業や目的に最適なデータベースです。
・日本国内に主要な事業拠点やサプライチェーンを持つ企業
日本の産業構造や統計に基づいたデータであるため、国内の製品・サービスのLCA算定やScope 3排出量算定において、高い精度と信頼性を確保できます。
・カーボンフットプリント(CFP)表示やEPD(環境製品宣言)の取得を目指す企業
日本のCFPプログラムやEPDプログラムで推奨されるデータベースの一つであり、これらの外部開示におけるデータ基盤として活用できます。
・ISO14001などの環境マネジメントシステムを運用し、環境パフォーマンス改善を目指す企業
ライフサイクル全体での環境負荷を定量的に把握することで、環境目標の設定や改善策の立案に役立てることができます。
・研究機関や大学
LCA研究や教育において、包括的かつ透明性の高い日本のLCIデータとして活用されます。
・Scope 3排出量算定の精度向上を目指す企業
特にカテゴリ1(購入した製品・サービス)、カテゴリ4(輸送・配送(上流))、カテゴリ9(輸送・配送(下流))の算定において、IDEAの最新データが貢献します。
まとめ
IDEAは、日本のLCA実務におけるデファクトスタンダードとも言える、非常に重要なLCAデータベースです。
その高い網羅性、透明性、そして日本の産業実態に即したデータは、企業のLCA算定の精度と信頼性を飛躍的に高めることができます。
特に、最新バージョンであるVer.3.5は、電力構成の変化や土地利用変化に伴う排出量など、最新の社会実態を反映しており、より現実的な環境負荷評価を可能にします。
適切なLCAデータベースの選定は、LCAの成功、ひいては企業の持続可能な経営の鍵となります。
IDEAの特性を深く理解し、自社の算定目的やサプライチェーンの特性に合わせて最適に活用することで、環境負荷の「見える化」を推進し、効果的な脱炭素戦略を策定することができるでしょう。
IDEAデータベースを活用した高度なLCA算定をご検討の際は、外部コンサルサービスをご活用ください。
ALCAでは、LCAの専門家がお客様の目的や状況に合わせて、LCAやCFPの算定を適切にサポートいたします。
まずはお気軽にお問い合わせください。
お問い合わせ参考資料
国立研究開発法人産業技術総合研究所エネルギー・環境領域 安全科学研究部門 IDEAラボ、IDEAの概要
https://riss.aist.go.jp/idealab/idea/
一般社団法人サステナブル経営推進機構、LCIデータベースIDEA LCIデータベースIDEA Ver.3
https://sumpo.or.jp/consulting/lca/idea/index.html
一般社団法人サステナブル経営推進機構、IDEA Ver.3 ライセンス形態と料金表
https://sumpo.or.jp/consulting/lca/idea/pricelist.html
株式会社AIST Solutions,AIST-IDEA サービスのご案内 | IDEA | AIST Solutions公式ホームページ
https://www.aist-solutions.co.jp/service/aist_idea/aist_idea.html
一般社団法人サステナブル経営推進機構、LCAソフトウェアMiLCA
https://www.milca-milca.net/