はじめに

本記事では、世界で最も広く利用されているLCAデータベースである「ecoinvent」に焦点を当て、その特徴、メリット・デメリット、そして最適な導入・活用ポイントについて詳細に解説します。

1. なぜ今、ecoinventがLCA担当者から注目されているのか

世界中で気候変動対策への意識が高まる中、企業は自社の事業活動だけでなく、製品やサービスのライフサイクル全体にわたる環境負荷、特にサプライチェーン排出量(Scope 3)の算定と開示が強く求められています。

この複雑な算定を、高い信頼性と透明性を持って行うためには、網羅的で科学的根拠に基づいたLCAデータベースが不可欠です。

ecoinventは、その包括的なデータ、厳格なデータ品質管理、そして主要なLCAソフトウェアとの高い互換性により、LCA実務者にとっての「世界標準」として位置づけられています。

特に、複数の国や地域にまたがるグローバル企業にとって、地域ごとの排出特性を考慮した正確なLCAを実施するための強力な基盤を提供します。

2. ecoinventの概要と開発経緯

ecoinventは、スイスのEMPA(スイス連邦材料科学技術研究所)によって2000年に設立されたライフサイクルインベントリ(LCI)データベースです。
当初はスイスや欧州のデータが中心でしたが、その開発は世界中の産業と製品を網羅する方向へと拡大し、現在ではLCA分野におけるグローバルスタンダードとしての地位を確立しています。

2003年から2004年にかけて最初のバージョンであるv1.0がリリースされ、数千のデータセットが収録されました。その後も継続的にデータが追加・更新され、2013年にはv3がリリースされ、複数のシステムモデル(アロケーションの選択肢)と地域化の改善が導入されました。

このバージョンアップに伴い、ecoinventは独立した非営利団体として運営されるようになり、その中立性と信頼性がさらに高まりました。

最新バージョンであるecoinvent 3.9.1は、2022年12月15日にリリースされました。このバージョンでは、約1,000の新規プロセス、約1,800の既存データセットの更新、約270の新規製品が追加されるなど、広範な分野でデータが拡充されています.

農業(カナダやブラジルの作物、農薬)、バッテリー技術(リチウム、鉄、リン酸バッテリーなど)、建設(リサイクル骨材使用のセメント・コンクリート)、化学品・プラスチック、電力(最新の市場ミックス、送電網)、金属、パルプ・紙、石油・ガス、廃棄物(排水処理)など、多岐にわたる産業のデータが最新の状況を反映するよう更新されています。

また、排出係数(LCIA手法)もIPCC 2021などの最新版が統合され、GLADプロジェクトへの参加を通じて基本フローの名称と識別子の整合性も図られています。

3. ecoinventの最大の特徴:メリットとデメリット

ecoinventは、その規模と品質においてLCAデータベースのベンチマークとされていますが、利用にはいくつかの側面を理解しておく必要があります。

メリット(強み)

世界最大の包括的なLCIデータベース ecoinventは、約18,000件以上の詳細なデータセット(SimaProなどのソフトウェアに搭載されるバージョンによっては48,000件以上)を誇り、化学工業、農業、エネルギー、建設、交通、廃棄物処理など、世界中の幅広い産業と製品を網羅しています。この広範なカバー範囲により、LCAの専門家は必要なほとんどの材料、エネルギー、プロセスに関するデータを見つけることができます。
高い透明性と一貫性 各データセットは、投入物、出力物、モデリングの前提に関する詳細な文書を含み、完全に相互リンクされた単位プロセスデータを提供します。これにより、サプライチェーン全体の環境負荷を高い透明性を持って構築・評価することが可能です。データの品質は複数の専門家による厳格なレビュープロセスを経ており、その信頼性は学術界および産業界で高く評価されています。
LCAソフトウェアとの優れた互換性 SimaPro、OpenLCA、GaBi、MiLCAなど、事実上すべての主要なLCAソフトウェアに標準的に統合されています。これにより、ユーザーは使い慣れたソフトウェア環境でecoinventのデータを活用でき、LCAの実務を効率的に進めることができます。
グローバルな代表性 当初はスイスや欧州のデータに重点を置いていましたが、現在では世界中の地域化されたデータを含み、国際的な基準として広く利用されています。これにより、グローバルなサプライチェーンを持つ企業が、各地域の特性を反映したLCAを実施する上で不可欠なツールとなっています。
複数のシステムモデルのサポート LCAの目的やアプローチに応じて、「Allocation, cut-off by classification」「Allocation, cut-off, EN15804」「Allocation at the Point of Substitution」「Substitution, consequential, long-term」といった複数のシステムモデルを提供しており、ユーザーは自身のLCA研究や報告目的に合致したモデリングを選択できます。

デメリット(利用上の注意点)

ライセンス費用 ecoinventは有料のデータベースであり、そのライセンス費用は比較的高額です。商用利用の場合、年間CHF 1,650(日本円で約25万円、為替レートにより変動)からとなり、LCAソフトウェアのライセンス費用とは別に必要となる場合もあります。このコストは、特に中小企業にとっては導入の障壁となる可能性があります。
専門知識の必要性 膨大なデータセットと複雑なシステムモデルを適切に選択し、LCAを実施するためには、LCAに関する深い専門知識と経験が求められます。単にデータがあるだけでなく、それを正しく理解し、適用する能力が不可欠です。
データの地域性 グローバルなデータを提供しているとはいえ、依然として欧州のデータが充実している傾向にあります。特定の地域(特に日本)に特化した詳細なLCAを実施する際には、IDEAのような国内データベースや、自社固有の一次データとの組み合わせが推奨される場合があります。

4. ecoinventの課題点と今後の展望

ecoinventはLCAデータベースの最前線を走り続けていますが、さらなる発展に向けていくつかの課題と今後の展望が考えられます。

課題点

・相互運用性の向上

世界にはecoinvent以外にも多くのLCIデータベースが存在しますが、異なるデータベース間でのデータ形式や分類体系の不一致は、データ交換や統合の障壁となっています。GLAD(Global LCA Data Access Network)のような国際的な取り組みが進められていますが、完全な相互互換性の確立にはまだ時間を要します。

・新技術・新産業への迅速な対応

再生可能エネルギー技術、循環型経済モデル、デジタル技術など、急速に進化する新しい技術や産業分野のLCIデータをタイムリーに収集・更新し、データベースに反映していくことは、常に大きな課題です。

・ユーザーの多様なニーズへの対応

より詳細な地域データや、特定の製品カテゴリに特化したデータへのニーズが高まる中、ecoinventがこれらの多様な要求にどのように応えていくかが課題となります。


今後の展望

・データの継続的な拡充と鮮度維持

産業構造や技術の進化に合わせて、データの網羅性と鮮度を維持するための継続的なデータ収集と更新が図られるでしょう。特に、これまでデータが不足していた地域や新興技術分野のデータ強化が期待されます。

・システムモデルの進化

LCAの目的や国際的な要求事項(例:PEF、ISO規格)の変化に対応し、より高度なモデリングアプローチや影響評価手法が統合される可能性があります。

・アクセス性の向上

LCAソフトウェアとの連携に加え、API(Application Programming Interface)を通じたデータアクセスや、クラウドベースのプラットフォームとの連携を強化することで、より多くのユーザーがecoinventのデータを活用しやすくなることが期待されます。

5. ecoinventの想定される利用者と活用シーン

ecoinventは、そのグローバルな網羅性と高いデータ品質から、特に以下のような利用者や活用シーンに最適です。

・グローバルサプライチェーンを持つ製造業

製品の原材料調達から製造、流通、使用、廃棄に至るまで、国際的なサプライチェーン全体にわたる環境負荷を算定し、Scope 3排出量を開示する際に不可欠です。

・LCAソフトウェアを本格的に利用する企業・コンサルタント

SimaPro、OpenLCA、MiLCAなどのLCAソフトウェアを導入し、詳細かつ包括的なLCAを実施する専門家にとって、ecoinventは主要なLCIデータソースとなります。

・国際的な環境製品宣言(EPD)の作成を目指す企業

国際的なEPDプログラムに準拠した製品環境宣言を作成する際に、信頼性の高いLCIデータとしてecoinventが活用されます。

・学術研究機関

LCAに関する最先端の研究、国際比較研究、新しいLCA手法の開発などにおいて、その包括性と品質から基盤データとして広く利用されます。

・多国籍企業

複数の国に拠点を持ち、地域ごとの環境負荷を比較・評価し、グローバルな環境戦略を策定する際に活用されます。

例えば、欧州市場への製品投入を計画している化学メーカーが、製品のカーボンフットプリントを算定し、EPDを取得するためにecoinventのデータを用いる、といった活用シーンが考えられます。

また、自動車メーカー等がグローバルなサプライチェーンにおける部品の環境負荷を評価し、サプライヤー選定や設計改善にLCAの結果を反映させる際にも、ecoinventは重要な役割を果たします。

まとめ

ecoinventは、その広範なデータ網羅性、高い透明性、そして厳格なデータ品質管理により、LCA分野における世界標準のデータベースとしての地位を確立しています。グローバル企業が複雑なサプライチェーンの環境負荷を正確に評価し、持続可能な経営を推進する上で、ecoinventは不可欠なツールです。

高額なライセンス費用や専門知識の必要性といった側面はありますが、主要なLCAソフトウェアとの高い互換性、そして常に最新の産業実態を反映しようとする継続的な更新努力は、その価値を裏付けています。ecoinventを適切に導入・活用することで、企業は環境負荷の「見える化」を推進し、効果的な脱炭素戦略を策定し、国際的な競争力を高めることができるでしょう。

ALCAでは、LCAの専門家がお客様の目的や状況に合わせて、LCAやCFPの算定を適切にサポートいたします。

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参考資料

ecoinvent Official Website.
https://ecoinvent.org/

openLCA,ecoinvent 3.9.1 - now available for openLCA
https://www.openlca.org/ecoinvent-3-9-1-now-available-for-openlca/

TCO2株式会社,Simaproの7つの特徴 - LCAで持続可能な未来を共に
https://www.tco2.com/software-items/features/