はじめに
本記事では、食品・農業分野で世界的に広く利用されている「Agri-footprint」データベースに焦点を当て、その特徴、メリット・デメリット、そして最適な導入・活用ポイントについて詳細に解説します。
1. なぜ今、Agri-footprintがLCA担当者から注目されているのか
食品・農業分野は、その生産から加工、流通、消費、廃棄に至るまでのライフサイクル全体で、温室効果ガス(GHG)排出、水資源消費、土地利用変化、生物多様性への影響など、多岐にわたる環境負荷を伴います。
近年、消費者、投資家、規制当局からの環境情報開示要求が強まる中、食品・農業関連企業は、自社の製品が環境に与える影響を正確に定量化し、削減目標を設定する必要に迫られています。
しかし、農業生産の多様性(気候、土壌、農法など)や複雑な食品サプライチェーンは、LCAのデータ収集と算定を非常に困難にしています。
このような背景から、食品・農業分野に特化し、信頼性の高いデータを提供する専門データベースへのニーズが高まっており、Agri-footprintはその中心的な存在として注目を集めています。
2. Agri-footprintの概要と開発経緯
Agri-footprintは、オランダのBlonk Consultants社(現在はMérieux NutriSciences傘下のBlonk Sustainability)によって開発された、農業および食品分野に特化したライフサイクルインベントリ(LCI)データベースです。
その目的は、農産物や食品の環境影響に関する参照データを提供し、LCAを通じて持続可能な食料システムの実現を支援することにあります。
Agri-footprintは、2014年に最初のバージョンがリリースされて以来、継続的にデータが追加・更新されてきました。
最新のバージョンでは、約9,700件以上のプロセスデータセット(2024年10月時点のSimaPro搭載版データセット数)を収録しており、世界中の農業慣行、作物生産、畜産、食品加工、輸送などに関する詳細なLCIデータを提供しています。
開発の経緯としては、一般的なLCAデータベースが工業製品のデータに偏りがちであったため、食品・農業分野特有の複雑なプロセスや多様な環境負荷を正確に評価できる専門データベースの必要性が高まったことが挙げられます。
Agri-footprintは、このギャップを埋めるべく、科学的根拠に基づいた透明性の高いデータを提供することを目指して構築されました。データはクリティカルレビューを経て発行されており、その信頼性が保証されています。
3. Agri-footprintの最大の特徴:メリットとデメリット
ecoinventは、その規模と品質においてLCAデータベースのベンチマークとされていますが、利用にはいくつかの側面を理解しておく必要があります。
メリット(強み)
食品・農業分野に特化した詳細なデータ | 世界中の様々な農産物、畜産物、水産物、食品加工品の生産プロセスに関する包括的なLCIデータを提供します。例えば、特定の作物の栽培方法(慣行農法、有機農法)、肥料の種類と施用量、灌漑方法、畜産における飼料の種類や糞尿処理、食品加工におけるエネルギー消費や廃棄物処理など、詳細なデータが利用可能です。これにより、食品・農業関連企業は、自社の製品やサプライチェーンに特化したLCAを高い精度で実施できます。 |
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高いデータ品質と透明性 | Agri-footprintのデータセットは、厳格なデータ収集プロトコルとクリティカルレビュープロセスを経て検証されています。これにより、データの信頼性と科学的根拠が保証され、LCA結果の説得力が高まります。また、多くのデータセットは透明性が高く、その算出根拠や前提条件を確認できるため、ユーザーは安心して利用できます。 |
グローバルなデータ網羅性 | 世界各国の農業慣行や生産システムを反映したデータが含まれており、グローバルなサプライチェーンを持つ食品企業が、国際的な比較評価や各地域の環境負荷を考慮したLCAを実施する上で非常に有用です。 |
主要LCAソフトウェアとの高い互換性 | SimaProやOpenLCAなどの主要なLCAソフトウェアに搭載されており、既存のLCAツール環境でAgri-footprintのデータをシームレスに利用できます。 |
EPD作成支援 | 食品・農業製品のEPD(環境製品宣言)作成において、Agri-footprintのデータは重要な基盤となります。国際的なEPDプログラムに準拠した情報開示をサポートし、製品の環境性能を透明性高くアピールすることを可能にします。 |
デメリット(利用上の注意点)
ライセンス費用 | Agri-footprintは有料のデータベースであり、そのライセンス費用が発生します。費用は利用規模や契約形態によって異なりますが、導入には一定のコストがかかることを考慮する必要があります。 |
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専門分野特化による汎用性の限界 | 食品・農業分野に特化しているため、それ以外の産業分野(例:電子機器、自動車、化学品など)のLCA算定には適していません。食品以外の製品やサービスのLCAを実施する場合には、ecoinventやIDEAなどの汎用データベースとの併用が必要となります。 |
特定の地域データの詳細度 | グローバルなデータを提供しているものの、特定の国や地域における非常に詳細なデータ(例:特定の品種、特定の農場での慣行など)については、網羅性に限界がある場合があります。その場合、ユーザー自身による一次データ収集や、地域に特化した他のデータベースとの組み合わせが必要となることがあります。 |
データの更新頻度と鮮度 | 農業慣行や食品加工技術は常に進化しているため、データベースのデータが常に最新の状態を反映しているとは限りません。特に急速に変化する分野においては、データの鮮度を確認し、必要に応じて補完的な情報を加えることが重要です。 |
4. Agri-footprintの課題点と今後の展望
Agri-footprintは食品・農業分野のLCAを大きく推進しましたが、さらなる発展に向けて以下の課題と展望があります。
課題点
・新興技術・代替食品への対応
細胞培養肉、植物性代替食品、垂直農法などの新しい食品生産技術や代替食品の開発が加速する中、これらのLCIデータはまだ十分に整備されていない場合があります。これらの新興分野の環境負荷を正確に評価するためのデータ拡充が課題となります。
・サプライチェーンの透明性向上
食品サプライチェーンは非常に複雑で多層的であり、個々のサプライヤーからの一次データ収集は依然として困難です。Agri-footprintが、より詳細なサプライチェーンデータを統合し、透明性を高めるための仕組みを提供することが期待されます。
・水資源や生物多様性への影響評価の深化
GHG排出量だけでなく、水ストレス、土地利用変化、生物多様性の喪失といった食品・農業分野特有の環境影響カテゴリーについて、より詳細で地域性のある評価を可能にするデータの充実が求められます。
今後の展望
・データ網羅性の継続的な向上
世界中の農業慣行や食品加工技術の多様性をより詳細に反映するため、データセットの継続的な拡充が図られるでしょう。特に、これまでデータが不足していた地域や特定の生産システムに関するデータ強化が期待されます。
・政策動向への迅速な対応
各国で食品の環境表示義務化や持続可能な調達基準が導入されるなど、政策動向がLCAに与える影響は大きいです。Agri-footprintがこれらの政策変更に迅速に対応し、最新の評価基準をサポートすることが重要となります。
・ユーザーコミュニティとの連携強化
ユーザーからのフィードバックや、研究機関との連携を通じて、データベースの改善と機能強化が図られるでしょう。これにより、実際のLCA実務者のニーズをより的確に反映したデータベースへと進化していくことが期待されます。
・LCA以外のツールとの連携
より広範な持続可能性評価や意思決定を支援するため、LCA以外の環境・社会データプラットフォームやサプライチェーン管理システムとの連携強化も進む可能性があります。
5. Agri-footprintの想定される利用者と活用シーン
Agri-footprintは、その専門性と機能性から、特に以下のような利用者や活用シーンに最適です。
・食品メーカー
製品のライフサイクル全体での環境負荷を算定し、カーボンフットプリント(CFP)表示、EPD(環境製品宣言)の取得、または環境配慮型製品の開発(例:低炭素食材の選定、製造プロセスの最適化)に活用します。
・農業生産法人
自社の生産活動における環境負荷を定量的に把握し、持続可能な農業慣行の導入(例:肥料使用量の最適化、再生可能エネルギーの導入)や、環境認証の取得を目指す際に利用します。
・食品小売業・外食産業
自社で取り扱う食品のサプライチェーン全体の環境負荷を評価し、持続可能な調達方針の策定や、消費者への環境情報提供に役立てます。
・環境コンサルタント
食品・農業分野のクライアントに対してLCAサービスを提供する際に、効率的かつ専門的な算定ツールとして活用します。
・研究機関・大学
食料システムの環境影響評価、持続可能な農業技術の研究、食品政策の分析など、学術研究や教育の基盤データとして利用します。
例えば、ある乳製品メーカーが、自社の牛乳製品のカーボンフットプリントを算定し、その結果に基づいて飼料の調達先を見直したり、牧場のメタン排出削減技術を導入したりする際にAgri-footprintのデータを用いる、といった活用シーンが考えられます。
また、オーガニック食品のブランドが、その製品の環境優位性をEPDとして開示する際にも、Agri-footprintは重要なデータ基盤となります。
まとめ
Agri-footprintは、オランダ発の食品・農業分野に特化したLCAデータベースとして、その詳細なデータ、高い品質、そしてグローバルな網羅性により、この分野のLCA実務に不可欠なツールとなっています。食品メーカーから農業生産者、小売業に至るまで、食料システムに関わる多様な企業が、製品の環境負荷を正確に評価し、持続可能な経営を推進するための強力な基盤を提供します。
費用や専門分野特化といった注意点はあるものの、主要LCAソフトウェアとの互換性やEPD作成支援機能は、その価値を大きく高めます。今後も新興技術への対応やサプライチェーンの透明性向上を通じて、Agri-footprintの重要性はさらに増していくでしょう。
ALCAでは、LCAの専門家がお客様の目的や状況に合わせて、LCAやCFPの算定を適切にサポートいたします。
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お問い合わせ参考資料
Mérieux NutriSciences Blonk Sustainability,Agri-footprint Official Website.
https://blonksustainability.nl/tools-and-databases/agri-footprint