はじめに

本記事では、「EoraMRIO」データベースに焦点を当て、その特徴、メリット・デメリット、そして最適な導入・活用ポイントについて詳細に解説します。

1. なぜ今、EoraMRIOがLCA担当者から注目されているのか

企業の環境情報開示義務が拡大し、特にサプライチェーン排出量(Scope 3)の算定が喫緊の課題となる中で、国際的な取引に伴う環境負荷の評価は避けて通れません。

従来のLCAデータベースでは、特定の国や地域に特化しているか、あるいはグローバルなデータであっても詳細な貿易関係を捉えきれない限界がありました。

EoraMRIOは、世界各国の産業連関表を統合し、国境を越えた財・サービスの取引とその環境負荷を包括的に追跡できる点で画期的なデータベースです。

これにより、企業は自社のグローバルなサプライチェーンにおける環境負荷の「ホットスポット」を特定し、より効果的な削減戦略を立案するための確かな根拠を得ることができます。

2. EoraMRIOの概要と開発経緯

EoraMRIOは、オーストラリアのシドニー大学を中心とした国際的な研究チームによって開発された、多地域産業連関(Multi-Regional Input-Output: MRIO)データベースです。

その主な目的は、グローバルなサプライチェーンにおける経済活動とそれに伴う環境負荷(温室効果ガス排出量、水資源消費量、土地利用変化など)を包括的に定量化することにあります。

EoraMRIOは、世界190以上の国・地域の産業連関表と、それぞれの国・地域間の貿易データを統合しています。これにより、ある国で生産された製品が、別の国で消費されるまでのサプライチェーン全体で発生する直接的・間接的な環境負荷を追跡することが可能になります。

最新バージョンでは、1990年から2022年までの期間を対象とし、国・地域ごとに26部門から最大511部門(例:米国)の経済・環境負荷データを提供しています。総部門数は約15,000にも及びます。

開発の経緯としては、従来の単一国産業連関表や、プロセス法データベースでは、グローバル化した現代のサプライチェーンにおける環境負荷の全体像を正確に捉えることが困難であったことが背景にあります。

EoraMRIOは、国境を越えた産業間のつながりを網羅的にモデル化することで、この課題を解決し、国際貿易が環境に与える影響を多角的に分析できるツールとして発展してきました。

産業連関分析のデータベースと積上データベースの違いはこちら

3. EoraMRIOの最大の特徴:メリットとデメリット

EoraMRIOは、その広範な網羅性からグローバルLCAにおいて強力なツールとなりますが、利用上の特性も理解しておく必要があります。

メリット(強み)

広範な地理的・産業的網羅性 世界190以上の国・地域、約15,000の産業部門をカバーしており、グローバルサプライチェーンの評価において他に類を見ない網羅性を誇ります。これにより、多様な国からの原材料調達や海外拠点での生産活動に伴う環境負荷を包括的に算定できます。
産業連関法の特性による包括性 産業連関表を基盤としているため、特定の製品やサービスの生産活動に伴う直接的な排出だけでなく、その生産に必要な全ての原材料、エネルギー、サービスの調達、さらにはそれらの生産に必要なサプライチェーン上の間接的な環境負荷までを自動的に考慮します。これにより、Scope 3排出量の算定において、データ収集が困難な範囲(特にカテゴリ1「購入した製品・サービス」)を効率的にカバーできます。
多地域対応(MRIO) 国際的な貿易フローを詳細にモデル化しているため、ある国で消費される製品が、どの国で、どの産業活動を通じて、どれだけの環境負荷を生み出しているかを追跡できます。これにより、国境を越えた環境負荷の移転(例:消費国から生産国への環境負荷の転嫁)を分析することが可能です。
多様な環境指標への対応 温室効果ガス(CO2, CH4など)だけでなく、水フットプリント、土地利用変化など、複数の環境負荷指標に対応しており、多角的な環境影響評価が可能です。
実態反映型データ 各国の経済構造や技術レベルを反映したデータに基づいており、より現実的な環境負荷評価を提供します。

デメリット(利用上の注意点)

部門の粗さ(平均値の限界) 産業連関表の特性上、データは産業部門の平均値となります。約15,000部門という細かさはあるものの、個別の製品や特定の製造プロセス、特定の技術(例:最新鋭の省エネ設備)の環境負荷を詳細に区別することは困難です。高精度な製品LCAや、特定の技術導入による削減効果を評価する際には、限界があります。
金額ベースのデータ 基本的に金額ベースの取引データを使用しているため、物価変動や為替レートの影響、あるいは製品の付加価値の高さが環境負荷とは直接関係なく原単位に影響を与える可能性があります。これにより、実際の環境負荷とは異なる結果が得られる「価格の歪み」が生じることがあります。
ライセンス費用 EoraMRIOは有料のデータベースであり、その利用にはライセンス費用が発生します。学術機関の利用は無料の場合もありますが、商用利用の場合はコストがかかります。
データの粒度と国際比較の課題 国によって産業部門の分類や細かさが異なる場合があり、特定のセクターにおける国際間の厳密な比較が難しい場合があります。
専門性の高さ 産業連関分析の概念やMRIOモデルの構造を理解するには、一定の専門知識が必要です。データの解釈や適切な適用には、LCAや経済学の基礎知識が求められます。

4. EoraMRIOの課題点と今後の展望

EoraMRIOはグローバルLCAの強力な基盤を提供していますが、さらなる発展に向けて以下の課題と展望があります。

課題点

・データの更新頻度と鮮度

産業連関表の作成・公開サイクルに依存するため、最新の経済活動や技術革新をリアルタイムで反映しきれない場合があります。特に、急速に変化する産業や技術分野においては、データの鮮度が課題となることがあります。

・プロセス法データとの連携

産業連関法の網羅性とプロセス法の詳細性を組み合わせる「ハイブリッドLCA」のニーズが高まる中、EoraMRIOがプロセス法データベースとよりシームレスに連携できる仕組みや、データ変換の簡便化が求められています。

・地域データの均質化

190カ国以上をカバーしているものの、各国のデータ品質や粒度にはばらつきがある可能性があります。より均質なデータを提供し、国際比較の信頼性を高めることが課題となります。


今後の展望

・データの継続的な拡充と精緻化

より多くの国・地域の産業連関表データ、および環境負荷サテライト勘定の統合を進め、データ網羅性をさらに向上させることが期待されます。また、産業部門のさらなる細分化も望まれます。

・リアルタイム性・予測機能の強化

最新の経済動向や将来のシナリオを反映した、よりダイナミックな環境負荷評価を可能にする機能の追加が期待されます。

・LCAソフトウェアとの連携強化

主要なLCAソフトウェアや環境データ管理プラットフォームとの連携をさらに強化し、ユーザーがEoraMRIOのデータをより容易に、かつ効率的に利用できる環境が整備されるでしょう。

・社会経済データとの統合

環境負荷だけでなく、雇用、付加価値などの社会経済指標との統合を進めることで、より包括的な持続可能性評価(Life Cycle Sustainability Assessment: LCSA)を可能にする基盤となることが期待されます。

5. EoraMRIOの想定される利用者と活用シーン

EoraMRIOは、その包括性と国際性から、特に以下のような利用者や活用シーンに最適です。

・グローバル企業

国際的なサプライチェーンを持つ企業が、Scope 3排出量を包括的に算定し、排出量の多い国・地域や産業部門(ホットスポット)を特定する際に有効です。例えば、輸入原材料のGHG排出量算定や、海外拠点におけるサプライチェーン排出量の評価に活用できます。

・多国籍企業

複数の国にまたがる事業活動の環境負荷を評価し、国際比較を通じて環境戦略を策定したり、各国の環境規制への対応状況を把握したりする際に利用します。

・政策立案者・研究機関

国際貿易が環境に与える影響、グローバルな環境負荷のサプライチェーン分析、国家レベル・地域レベルでの環境政策の評価、あるいは持続可能な開発目標(SDGs)の達成度評価など、マクロな視点での分析に活用されます。

・金融機関・投資家

投資先の企業のグローバルなサプライチェーンにおける環境リスクを評価し、ESG投資の意思決定に役立てる際に参照されます。

・コンサルティングファーム

クライアント企業のグローバルなLCAニーズに応えるため、EoraMRIOを活用して包括的な環境負荷評価サービスを提供します。

例えば、ある自動車部品メーカーが、世界中のサプライヤーから調達する部品の環境負荷を評価し、最も排出量の多い地域や産業を特定して削減目標を設定する際にEoraMRIOのデータを用いる、といった活用シーンが考えられます。

また、食品企業が、海外からの輸入食材の環境フットプリントを算定し、持続可能な調達方針を策定する際にも役立ちます。

まとめ

EoraMRIOは、世界中の経済活動と環境負荷を統合した多地域産業連関データベースとして、グローバルサプライチェーンの環境負荷を包括的に評価するための強力なツールです。

その広範な網羅性、多地域対応、そして産業連関法の特性による包括性は、Scope 3排出量算定や国際的な環境影響評価において大きなメリットを提供します。

費用や部門の粗さといった注意点はありますが、国際的な環境情報開示の要求が高まる中で、EoraMRIOは企業のグローバルな環境パフォーマンスを「見える化」し、効果的な削減戦略を立案するための不可欠な基盤となりつつあります。

ALCAでは、LCAの専門家がお客様の目的や状況に合わせて、LCAやCFPの算定を適切にサポートいたします。

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参考資料

Eora MRIO Database Official Website.
https://worldmrio.com/