はじめに
建物の建設から解体に至るまで、そのライフサイクル全体で排出されるCO2の総量は、世界の排出量の約37%を占めるとも言われています。
これまでの脱炭素の取り組みでは、建物の「運用時」の省エネが中心でしたが、今、新たに注目されているのが「ホールライフカーボン」という考え方です。LCA(ライフサイクルアセスメント)という言葉に馴染みが薄い方もいらっしゃるかもしれませんが、このホールライフカーボンを理解することは、これからの建設事業者の皆様にとって、持続可能な経営と競争力強化の鍵となります。
この記事では、ホールライフカーボンとは何か、なぜ今重要なのかを、初心者の方にも分かりやすく解説します。
ホールライフカーボン(WLC)とは?
ホールライフカーボン(Whole Life Carbon, WLC)とは、建物の「ゆりかごから墓場まで」、つまり資材の調達から建設、運用、そして解体・廃棄に至るまでのライフサイクル全体で排出される温室効果ガス(主にCO2)の総量を指します。
これは、製品やサービスの全ライフサイクルにおける環境影響を評価する「LCA(ライフサイクルアセスメント)」の考え方を建築物に応用し、特にCO2排出量に焦点を当てたものです。従来の評価では見過ごされがちだった「隠れた排出量」も含めて、建物が一生涯にわたって地球に与えるCO2負荷を総合的に捉えようとするものです。
ホールライフカーボンを構成する2つの柱
ホールライフカーボンは、大きく分けて以下の2つの要素で構成されます。
1. エンボディードカーボン(Embodied Carbon):隠れた排出量に注目
エンボディードカーボンとは、建物の運用が始まる前と、運用が終わった後に発生するCO2排出量のことです。具体的には、以下のような段階で排出されるCO2が含まれます。
原材料の調達・製造:セメント、鉄骨、木材などの建材を製造する際のエネルギー消費と排出。
輸送:製造された建材を建設現場まで運ぶ際の排出。
建設工事:現場での重機使用や電力消費に伴う排出。
維持・更新:建物の修繕や改修、設備の更新に伴う建材の製造・輸送・施工時の排出。
解体・廃棄:建物を解体し、発生した廃棄物を処理する際の排出。
このエンボディードカーボンの一部として、特に建設前の段階(資材製造、運搬、建設工事)で発生する排出量を「アップフロントカーボン」と呼ぶこともあります。
近年、建物の省エネ化が進み、運用時の排出量が削減されてきたことで、相対的にこのエンボディードカーボンの重要性が増しています。
2. オペレーショナルカーボン(Operational Carbon):運用時の排出量
オペレーショナルカーボンとは、建物が実際に使用されている運用段階で発生するCO2排出量のことです。主に、建物の光熱水の使用に伴うエネルギー消費がこれに該当します。
冷暖房:空調設備の使用による電力・ガス消費。
照明:照明器具の使用による電力消費。
給湯:給湯設備の使用によるエネルギー消費。
換気:換気設備の使用による電力消費。
これまで建設業界で取り組まれてきた省エネ対策や再生可能エネルギーの導入は、主にこのオペレーショナルカーボンの削減を目的としていました。
| 項目 | エンボディードカーボン(Embodied Carbon) | オペレーショナルカーボン(Operational Carbon) |
|---|---|---|
| 対象期間 | 建設前(資材製造、輸送、建設工事)、維持・更新、解体・廃棄時 | 建物使用中の運用期間 |
| 主な排出源 | 建材製造、輸送、建設機械、廃棄物処理など | 冷暖房、照明、給湯、換気などのエネルギー消費 |
| 主な削減策 | 低炭素建材の採用、リサイクル材の活用、長寿命化設計、建設プロセスの効率化 | 高効率設備導入、断熱性能向上、再生可能エネルギー導入、スマート化 |
| 近年の注目度 | 運用時の排出量削減が進んだことで、相対的に重要性が増している | 従来の省エネ対策で削減が進んできたが、引き続き重要 |
図.ライフサイクルカーボンの枠組み
なぜ今、建設業界でホールライフカーボンが重要なのか?
1. 国際的な規制強化と国内への影響
EUでは、2028年から1,000㎡を超える新築建築物に対し、ライフサイクルカーボンの算定・公表が義務化される見込みです。
日本でも、国土交通省が2028年度を目途に建築物LCAの実施を促進する制度の開始を目指すことを決定しており、こうした国際的な潮流は、日本における制度化にも直結すると考えられています。
今後、ホールライフカーボンは、建設・不動産業界の新たな競争基準となるでしょう。
2. 企業の競争力向上と投資家の視点
2050年カーボンニュートラルといった国際的な要請、そしてESG投資の拡大を背景に、投資家や金融市場は企業に対して、CO2排出量の透明な開示を求めています。
ホールライフカーボンを評価し、削減に取り組むことは、企業の環境パフォーマンスを向上させ、投資家からの評価を高め、ひいては企業価値の向上に直結します。
特に、企業には有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示(Scope3排出量)が求められるようになるため、LCCO2算定はこれへの対応としても期待されています。
3. サプライチェーン全体の脱炭素化
ホールライフカーボンは、建材メーカーから設計、施工、運用、そして解体・廃棄まで、建物のライフサイクルに関わる全ての事業者が連携して取り組むべき課題です。
サプライチェーン全体での排出量管理と削減は、個社の努力だけでなく、業界全体の協力体制を築く上で不可欠となります。
ホールライフカーボン削減に向けた具体的な取り組み
建設事業者の皆様がホールライフカーボン削減に取り組むための具体的なアクションとしては、以下のようなものが挙げられます。
設計段階での検討:
環境配慮型資材の選択や、建物の長寿命化設計、将来の改修・解体を考慮した設計。
施工段階での工夫:
施工方法の工夫や、建設プロセスの効率化。
運用段階での最適化:
高効率な設備(空調、照明など)の導入や、スマートビルディング技術によるエネルギー管理の最適化。
評価ツールの活用:
国土交通省が公開している「建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT)」や「CASBEE(建築環境総合性能評価システム)」など、ホールライフカーボンの算出を支援するツールやデータベースを活用し、自社の排出量を正確に把握する。
具体的な成果と事例
「LCCO2削減型の先導的な新築ZEB支援事業」の2024年度一次公募では、8件の事業が採択されました。これらの事業では全てJ-CATを用いてLCCO2算定が行われ、平均的なLCCO2排出量の内訳は、運用段階の排出量が大きいものの、資材製造や維持管理段階の排出も無視できない割合を占めていることを示しており、LCCO2削減の重要性を裏付けています。
公共建築物の分野では、政府実行計画に基づき脱炭素化が進められています。例えば、名古屋第4地方合同庁舎は、設計段階でZEB Ready基準を達成しており、公共部門が率先してZEB化とLCCO2削減に取り組む具体的な事例となります。
まとめ:ホールライフカーボンで持続可能な建設業へ
ホールライフカーボンは、建設業界が直面する脱炭素化の課題に対し、ライフサイクル全体でCO2排出量を捉えるという、より包括的かつ本質的なアプローチを提供します。
エンボディードカーボンとオペレーショナルカーボンの両面から排出量を評価し、削減に取り組むことは、環境負荷の低減だけでなく、企業の競争力強化、新たなビジネスチャンスの創出にも繋がります。脱炭素経営への移行は、もはや避けて通れない道です。
ホールライフカーボンへの理解を深め、具体的な行動に移すことで、貴社も持続可能な建設業の未来を築く一員となれるでしょう。
自社の製品やサービスのホールライフカーボン評価にご興味をお持ちの方、具体的な削減策についてご相談されたい方は、ぜひ弊社の専門家にお問い合わせください。貴社の状況に合わせた最適なソリューションをご提案し、脱炭素経営を強力にサポートいたします。
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