はじめに

近年、EUを中心に「デジタル製品パスポート(DPP)」の導入が進められています。これは、製品の持続可能性に関する情報をデジタル化し、サプライチェーン全体で共有・追跡可能にする画期的な制度です。

本記事では、LCA(ライフサイクルアセスメント)の実施を検討している事業者の方々に向けて、DPPの制度全体像、対象となる製品や事業者、そして事業者が具体的に何をすべきかについて、簡潔にわかりやすく解説します。

DPPの概要と目的

デジタル製品パスポート(DPP)は、製品のライフサイクル全体(原材料調達、製造、使用、廃棄、リサイクル)に関する情報をデジタル形式で記録・管理するシステムです。製品に付与されたQRコードなどを通じて、消費者やリサイクル事業者などが容易に情報にアクセスできるようになります。

この制度の主な目的は、製品の透明性を高め、資源の効率的な利用と循環型経済への移行を促進することにあります。具体的には、製品の環境負荷を「見える化」し、持続可能な製品設計を促すとともに、消費者がより環境に配慮した選択をできるように支援することを狙いとしています。

DPPの法的枠組みと対象製品

DPPは、EUが2024年7月に発効した「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」によって導入が義務付けられます。ESPRは、従来のエネルギー関連製品だけでなく、広範な製品群の環境性能を向上させることを目指しており、DPPはその中核をなすツールの一つです。

DPPの具体的な対象製品は、製品グループごとに委任立法で順次定められます。現時点では、EV用・LMT用・2kWh以上の産業用バッテリーが優先製品として挙げられていますが、今後、繊維製品、家具、ICT製品、鉄鋼、アルミニウムなど、多岐にわたる製品カテゴリーに拡大される見込みです。EU域内で販売・流通する製品だけでなく、域外からEUに輸出される製品も対象となるため、日本企業にとっても重要な規制となります。

フェーズ 内容
2024年 ESPR発行(枠組み導入)
2025-2026年 特定製品(例:電池)のパイロット義務化
2027-2030年 全対象製品への本格導入(衣類・電子機器など順次義務化)

事業者の主な義務とLCAとの関連性

DPPの導入により、製品に関わる各事業者は以下のような義務を負うことになります。

製造事業者 製品が委任立法の要件に沿って設計・製造されていることを確認し、必要な情報をDPPで利用可能にする。 製品上市前に適合性評価手続きを実施し、技術文書やEU適合宣言書を作成・保管する。 製品の識別情報や自社の情報を製品上またはDPPに表示する。 デジタル取扱説明書をDPPに含め、製品の予想耐用期間中オンラインで提供する。
輸入事業者 製品が委任立法の要件を満たしていることを確認し、適合性を維持するよう保管・輸送条件を確保する。 製造事業者が上記の義務を果たしていることを確認し、必要に応じて協力する。
販売事業者 委任立法の要件を満たさない製品を供給しない。 製品の保管・輸送条件を適切に管理する。 DPPでは、製品のライフサイクル全体にわたる環境負荷情報(カーボンフットプリントなど)の開示が求められます。これは、LCA(ライフサイクルアセスメント)の考え方に基づいています。LCAは、製品の一生における環境影響を定量的に評価する手法であり、DPPを通じてその結果をデジタルで共有することで、より効果的な環境改善や情報開示が可能になります。DPPの導入は、LCAの実施を具体的に促す動機付けとなるでしょう。

DPPがもたらす影響と今後の展望

DPPの導入は、企業にとって新たなビジネスチャンスと同時に、対応すべき課題ももたらします。

1. 機会

サプライチェーンの透明性向上

製品のトレーサビリティが向上し、原材料の調達から廃棄までの全過程を把握できるようになります。

競争優位性の確立

持続可能性の高い製品であることを明確に示せるため、環境意識の高い消費者からの評価や信頼を獲得し、市場での優位性を築けます。

効率的なリサイクルと資源循環

製品情報がデジタルで共有されることで、リサイクルプロセスが効率化され、資源の有効活用が促進されます。

2. 課題

データ管理とシステム構築

膨大な製品情報のデジタル化と管理、DPPシステムの構築には、相応の投資と専門知識が必要です。

サプライチェーン連携

サプライチェーン内のすべての関係者との連携を強化し、一貫性のあるデータ共有体制を構築する必要があります。


DPPは、単なる規制ではなく、企業の持続可能な経営への転換を促し、新たな価値創造の機会となる可能性を秘めています。

今後、DPPの対象製品は拡大し、グローバルな標準となる可能性も高いため、LCAの導入を検討されている事業者の方々にとっては、DPPへの理解と対応がますます重要となるでしょう。

LCA担当者にとってのポイント

・LCAデータはDPPの中核であり、数値の透明性と品質が製品の信頼性に直結します。

・PEF(Product Environmental Footprint)など欧州標準のLCA手法も採用される可能性が高く、事前理解が必要です。

・現地パートナーや専門コンサルの活用が、技術的・業務的負荷を軽減します。

・DPP準備はEU市場での競争力強化やブランド信頼につながる機会でもあります。

まとめと提言

デジタル製品パスポート(DPP)は、製品のライフサイクル情報をデジタル化し、持続可能な社会の実現を目指すEUの重要な取り組みです。LCAを実施しようとしている事業者やLCA初心者の方々にとって、DPPは製品の環境負荷を「見える化」し、サプライチェーン全体の透明性を高めるための強力なツールとなります。

DPPへの対応は、EU市場へのアクセスを維持するだけでなく、企業のブランド価値向上、効率的な資源循環、そして将来的な競争力強化にも繋がります。この新たな潮流をビジネスチャンスと捉え、情報収集と準備を早期に進めることを強く推奨します。

参考資料

一般財団法人 日欧産業協力センター レポート欧州グリーンディール EU Policy Insights、「EU サーキュラーエコノミー政策の現在地: エコデザイン規則(ESPR)案」
https://www.eu-japan.eu/sites/default/files/publications/docs/EU-Green-Deal_CE%20ESPR_24.pdf

環境省、サーキュラーエコノミーとDPP(デジタル製品パスポート)
https://www.env.go.jp/content/000185559.pdf

一般財団法人流通システム開発センター、Digital Product Passport (デジタル製品パスポート)
https://www.gs1jp.org/standard/industry/dpp/#:~:text=DPP%E3%81%AF%E3%80%81%E6%AC%A7%E5%B7%9E%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB,%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

経済産業省、カーボンフットプリントレポート
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_footprint/pdf/20230331_2.pdf

経済産業省、カーボンフットプリントガイドライン
https://www.env.go.jp/content/000124385.pdf