はじめに
気候変動対策が待ったなしの状況にある中で、日本政府は脱炭素社会に向けた新たな制度設計を進めています。
その中核を担う制度のひとつが、「GX-ETS(排出量取引制度)」です。
この記事では、GX-ETSが導入された背景や目的、そしてどのような市場メカニズムによって排出削減と経済の両立をめざすのかについて、わかりやすくご紹介します。
GX-ETSとは?──GXリーグから本格制度へ
GX-ETSとは、正式には「GX(グリーントランスフォーメーション)排出量取引制度」と呼ばれる、日本の温室効果ガス削減のためのカーボンプライシング制度の一種です。
日本政府が進めるGX基本方針の一環として、環境省・経済産業省・財務省などが連携し、制度設計が進められてきました。
その出発点となったのが、2022年に経産省主導で発足した「GXリーグ」です。
GXリーグは、脱炭素経営に前向きな企業が自主的に集い、将来の制度化を見据えた実証や議論を進める「場」として設計されました。
GX-ETSは、そのGXリーグを母体として、2023年度からフェーズ1(試行段階)が始まりました。
対象企業はGXリーグ加盟企業の中から、一定規模の排出を持つ企業に限られていますが、今後は対象の拡大や制度の義務化が見込まれています。
導入の目的:排出削減と経済成長の「両立」
GX-ETSの導入目的は、単に温室効果ガスを減らすことにとどまりません。政府はこの制度を通じて、排出削減と経済成長の両立をめざしています。
従来の規制的アプローチ(例:排出基準や罰則)だけでは、企業にとって脱炭素が「コスト」として受け止められがちでした。
これに対しGX-ETSは、市場の力を活用して、排出削減を“インセンティブ”に変える仕組みを構築しようとしています。
この考え方は、企業にとっても重要です。
排出削減の努力が「コスト」ではなく「利益」や「評価」につながるのであれば、より多くの企業が前向きに取り組む土壌が生まれます。
市場メカニズム:キャップ&トレードとは?
GX-ETSの基本構造は、「キャップ&トレード(Cap and Trade)」という仕組みに基づいています。
1. キャップ(Cap)
制度参加企業には、あらかじめ年間の排出上限(キャップ)が設定されます。これにより、制度全体としての排出量の総枠が制限されます。
GX-ETSにおいては、国の削減目標(NDC)と連動した値となっております。
なお、今後、このキャップは産業や規模等の条件に応じて適切に設定されるよう検討が進められています。
2. トレード(Trade)
企業は、自らの削減努力で排出量をキャップ以下に抑えれば、余った排出枠を他社に売ることが可能です。
逆に、削減が間に合わない企業は、市場で排出枠を購入することになります。
この市場取引により、コスト効率の高い削減が実現され、社会全体として最も合理的な形で排出量が削減されていきます。
GX-ETSの特徴は、こうした取引制度を通じて、排出削減を「経済活動の一部」として位置づけている点にあります。

図.キャップ&トレードのイメージ
フェーズ1で何が始まったのか?
GX-ETSでは、いくつかのフェーズに分かれて制度が進めれています。
現時点では「試行期間として第1フェーズ(2023~25年)」があり、今後は本格運用第2フェーズ(2026年以降)へと段階的に進められていきます。
2023年度から始まったフェーズ1では、GXリーグ参加企業の一部が対象となり、初の「排出枠のオークション」や「クレジットの取引」などが試行されました。
このフェーズ1では、以下のような取り組みが行われています:
・排出量の把握・報告の標準化(ISO14064等を参考)
・キャップの設定とそれに基づく排出枠の配分
・オークションや市場取引の試行的導入
・排出削減努力の可視化(インセンティブ設計)
こうした取り組みを通じて、制度設計の精緻化や企業側の実務的な準備状況の確認が進められているのが現状です。
制度設計の進展と今後の展望
GX-ETSはまだ制度の初期段階にありますが、政府は今後、対象業種・企業の拡大や、制度の法制化(義務化)も視野に入れています。
特にカーボン価格(排出量に価格がつくこと)に関する設計は、今後のGX経済移行債との連動や、国際的な炭素価格整合性の観点でも重要なテーマです。
GX-ETSは、GX基本方針のもとで進む複数の制度(炭素会計、クレジット制度、ファイナンス支援)とも連動しており、今後企業活動の前提となる新しい経済基盤のひとつとなっていく可能性が高いといえるでしょう。
次回予告:GX-ETSの構造と今後のスケジュールとは?
ここまで、GX-ETSの目的とその基本的な仕組みについて紹介してきました。
次回は、より具体的に「GX-ETSの制度構造」や、現在進行中の「フェーズ1のスケジュール」「将来の制度拡張の見通し」について解説します。
企業として何に備えるべきかの視点も交えながら、実務に役立つ情報をお届けします。