はじめに
前回は、GX-ETS(Green Transformation Emission Trading
Scheme:排出量取引制度)における第三者検証の具体的なプロセスについて、企業による排出量報告書の作成から検証機関による確認、そして最終評価に至るまでの流れを解説いたしました。
この検証プロセスが、排出量データに金銭的価値が付与される制度において、いかに信頼性を担保する上で重要であるかをご理解いただけたことと存じます。
今回は、GX-ETSが他の気候変動関連制度とどのように関係し、その整合性がなぜ重要なのかについて深掘りしてまいります。企業が効果的に脱炭素経営を推進するためには、これらの制度間の関係性を正しく理解し、効率的に対応することが不可欠です。
GX-ETSと他制度との関係性
企業が温室効果ガス(GHG)排出量削減に取り組む上で、GX-ETS以外にも様々な制度やイニシアティブが存在します。これらはそれぞれ異なる目的や対象範囲を持ちながらも、GHG排出量の算定・報告・検証という点で共通の基盤を持つことが多く、互いに密接に関連しています。
1. 温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)
温対法は、日本の地球温暖化対策の基本となる法律であり、一定規模以上の事業者に対して温室効果ガス排出量の算定・報告・公表を義務付けています。これは、日本におけるGHG排出量管理の最も基本的な枠組みと言えます。
GX-ETSは、この温対法に基づく排出量算定・報告の仕組みを前提として構築されています。多くの企業は既に温対法に基づいて排出量データを収集・報告しているため、そのデータや体制をGX-ETSの報告にも活用することが可能です。つまり、温対法で培われた知見やデータが、GX-ETSへのスムーズな移行を支える基盤となります。これは、まさに制度連携の好例と言えるでしょう。
ただし、他社へ販売した電力・熱の取り扱いやCO2以外の温室効果ガス排出量の取り扱い等、一部温対法と異なる点があることは留意が必要です。
温対法の詳細はこちら:【企業担当者必見!】温対法とは:全体像と重要ポイントを徹底解説
2. ISO 14064シリーズ
ISO 14064は、温室効果ガスに関する国際規格であり、以下の3つのパートで構成されています。
ISO 14064-1
組織における温室効果ガス排出量および吸収量の算定と報告に関する原則および要求事項を定めています。
ISO 14064-2
プロジェクトレベルでの温室効果ガス排出量削減または吸収量増加の定量化、モニタリングおよび報告に関する原則および要求事項を定めています。
ISO 14064-3
温室効果ガスに関する主張の妥当性確認および検証に関する原則および要求事項を定めています。
特にISO 14064-1は、企業がGHG排出量を算定する際の国際的なベストプラクティスを提供し、GX-ETSの排出量算定ガイドラインにもその考え方が取り入れられています。
また、前回の記事で解説した第三者検証プロセスは、ISO 14064-3の原則と要求事項に準拠して実施されることが多く、検証の質と信頼性を国際的な水準で担保しています。
このように、GX-ETSは国際的な基準調和を図ることで、その信頼性と有効性を高めています。
3. SBT(Science Based Targets)
SBTは、企業が設定する温室効果ガス排出量削減目標が、科学的根拠に基づき、パリ協定が目指す「世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標と整合していることを認定する国際的なイニシアティブです。
SBTの目標設定には、企業のGHG排出量(スコープ1, 2, 3)の正確な算定が不可欠であり、この算定データはGX-ETSの報告データと共通する部分が多くあります。SBTにコミットしている企業は、既に排出量削減に向けた具体的な戦略と目標を持っているため、GX-ETSの目標設定や削減計画策定において、その知見やデータを活用することができます。SBTへの取り組みは、企業の脱炭素経営を加速させ、GX-ETSへの対応をより戦略的なものにする上で重要な役割を果たします。
整合性の重要性:なぜ制度間のつながりが大切なのか
これらの制度間の整合性を確保することは、企業にとって以下の点で極めて重要です。
| 業務効率の向上 | 各制度で個別にデータ収集や報告を行うことは、企業にとって大きな負担となります。共通のデータ基盤や算定方法を用いることで、重複作業を削減し、業務効率を大幅に向上させることが可能になります。これは、制度連携の最大のメリットの一つです。 |
|---|---|
| データの信頼性向上 | 国際的な基準(ISO 14064など)に準拠した算定・検証プロセスは、排出量データの信頼性を高めます。これにより、GX-ETSの報告だけでなく、SBTの進捗報告やESG情報開示など、様々な場面で一貫性のある信頼性の高いデータを提供できるようになります。 |
| 国際的な評価と競争力強化 | GX-ETSが国際的な基準や他国の排出量取引制度(EU-ETSなど)との国際的整合性を意識して設計されていることは、日本企業の国際的な競争力強化にも繋がります。グローバルに事業を展開する企業にとって、各国の制度に個別に対応するのではなく、共通の枠組みで対応できることは、大きなメリットとなります。また、国際的に認められた基準に基づく取り組みは、海外の投資家や取引先からの評価を高めることにも寄与します。 |
まとめ
GX-ETSは、温対法、ISO 14064、SBTといった既存の気候変動関連制度と密接に連携し、その基準調和と国際的整合性を図ることで、より実効性の高い制度として機能します。
企業がこれらの制度間の関係性を理解し、効率的な制度連携を図ることは、脱炭素経営を推進し、持続可能な企業価値を向上させる上で不可欠です。
次回は、GX-ETS制度対応に向けて企業が直面する実務的課題について、排出量データの収集・算定や社内体制の整備といった具体的な側面から解説してまいります。
当社は、経済産業省のGX-ETSにおける第三者検証機関として登録されており、独立した第三者検証機関としてGX-ETSにおける排出量実績報告をサポートいたします。
GX-ETS第三者検証サービスの詳細はこちらをご覧ください。
GX-ETS 第三者検証サービス
お客様が算定・報告されたGHG排出量データが、GX-ETSのガイドラインや国際基準(ISO 14064-3など)に準拠しているかを客観的に評価・確認します。
また、GX-ETSへの対応でお困りの際は、当社までお気軽にご連絡ください。
お問い合わせ参考資料
経済産業省「GXリーグ公式サイト:排出量取引制度(GX-ETS)」
https://gx-league.go.jp/action/gxets/
内閣官房GX実行会議資料「GX実行に向けた基本方針」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/index.html
ISO 14064-1:2018,Part 1: Specification with guidance at
the organization level for quantification and reporting
of greenhouse gas emissions and removals
https://www.iso.org/standard/66453.html
ISO 14064-2:2019,Part 2: Specification with guidance at
the project level for quantification, monitoring and
reporting of greenhouse gas emission reductions or
removal enhancements
https://www.iso.org/standard/66454.html
ISO 14064-3:2019,Part 3: Specification with guidance for
the verification and validation of greenhouse gas
statements
https://www.iso.org/standard/66455.html
Ambitious corporate climate action - Science Based
Targets Initiative
https://sciencebasedtargets.org/