はじめに
前回はGX-ETS(Green Transformation Emission Trading Scheme:排出量取引制度)への対応において、排出量データの収集・算定がいかに重要であるか、そしてその際の「活動量」「排出係数」「スコープ設定」といったポイントについて解説いたしました。正確なデータ把握が、制度対応の基盤となることをご理解いただけたことと存じます。
今回は、その正確な排出量データを継続的に収集・算定し、GX-ETSへの報告や検証を円滑に進めるために不可欠な「社内体制の整備と情報連携」に焦点を当ててまいります。
特に、事業部門と管理部門など、部門横断的な取り組みがなぜ鍵となるのか、そして具体的な整備ポイントについて、初心者の方や企業の担当者の皆様が実践に役立てられるよう、キーワードである「担当部署」「ガバナンス」「内部統制」を交えながら解説いたします。
なぜ部門横断の取り組みが必要なのか?
温室効果ガス排出量は、企業の様々な事業活動から発生します。例えば、工場でのエネルギー使用は製造部門、社有車の燃料消費は営業部門や物流部門、電力購入は総務部門や施設管理部門、そしてそれらの会計処理は経理部門といったように、排出源となる活動データは複数の部署に散在しているのが一般的です。
GX-ETSへの対応は、単に環境部門やサステナビリティ推進部門だけの課題ではありません。これらの部門が中心となって推進するとしても、データ収集や削減策の実行には、各事業部門、生産部門、経理部門、情報システム部門など、多岐にわたる部署の協力が不可欠です。
もし、部門間の連携が不足していると、以下のような問題が生じる可能性があります。
| 想定される問題 | 内容 |
|---|---|
| データ収集の漏れや重複 | どの部署がどのデータを収集するのかが不明確になり、必要なデータが揃わなかったり、同じデータを複数の部署が収集してしまったりする。 |
| データ精度の低下 | 収集されたデータの品質が部署によって異なり、算定結果の信頼性が損なわれる。 |
| 責任の不明確化 | 排出量削減目標の達成に向けた責任の所在が曖昧になり、具体的な行動が進まない。 |
| 検証プロセスでのつまずき | 第三者検証の際に、必要な情報が迅速に提供できず、プロセスが滞る。 |
これらの問題を回避し、GX-ETSへの対応を効果的に進めるためには、企業全体として部門横断的な協力体制を構築することが不可欠なのです。
社内体制整備のポイント
GX-ETS対応に向けた社内体制を整備する上で、特に以下の3つのポイントが重要となります。
1. 担当部署の明確化と役割分担
まず、GX-ETS対応の全体を統括する担当部署を明確に定めることが重要です。多くの場合、環境部門、サステナビリティ推進部門、あるいは経営企画部門がその役割を担うことになります。
この統括部署は、制度全体の理解、情報収集、社内への周知、そして各部門との調整役を担います。 その上で、各部門における具体的な役割分担を明確にすることが不可欠です。
| 関連部署 | 対応内容 |
|---|---|
| 事業部門・生産部門 | エネルギー使用量、生産量など、直接的な活動量データの収集。 |
| 総務・施設管理部門 | 電力・ガス・水道の使用量、廃棄物処理量などのデータ収集。 |
| 経理部門 | 燃料費、電気代などの会計データ提供、排出量算定に必要な財務情報の提供。 |
| 情報システム部門 | データ収集・管理システムの構築・運用支援。 各部署が自身の役割を理解し、責任を持ってデータ提供や削減活動に取り組むことで、スムーズな情報連携が可能となります。 |
2. ガバナンス体制の確立
GX-ETSへの対応は、単なる実務的な作業に留まらず、企業の経営戦略と深く結びつくものです。そのため、経営層が関与する強固なガバナンス体制を確立することが重要です。 具体的には、以下のような取り組みが考えられます。
| 取組概要 | 実施内容 |
|---|---|
| 経営会議などでの定期的な進捗確認 | 排出量削減目標の進捗状況やGX-ETS対応の課題について、経営層が定期的にレビューし、意思決定を行う場を設ける。 |
| 責任者の任命 | GX-ETS対応の最高責任者(例:CFOやサステナビリティ担当役員)を任命し、社内におけるリーダーシップを明確にする。 |
| 全社的な方針の策定 | GX-ETSへの対応方針や排出量削減目標を全社的に共有し、従業員一人ひとりが当事者意識を持てるようにする。 強固なガバナンス体制は、部門間の連携を促進し、必要なリソースを確保し、GX-ETS対応を経営の重要課題として位置づける上で不可欠です。 |
3. 内部統制の強化
排出量データの信頼性を確保するためには、適切な内部統制の仕組みを構築することが極めて重要です。これは、データの収集から算定、報告に至るまでのプロセスにおいて、誤りや不正を防ぎ、正確性を保証するための仕組みです。
| 対応概要 | 実施内容 |
|---|---|
| データ収集・算定プロセスの標準化 | どの部署が、どのような方法で、いつまでにデータを収集・算定するのか、明確な手順書やマニュアルを作成し、標準化する。 |
| データのレビュー・承認プロセス | 収集されたデータや算定結果について、複数の担当者や部署によるレビュー、承認プロセスを設ける。 |
| 証拠書類の管理 | 活動量データや排出係数の根拠となる請求書、メーター記録、契約書などの証拠書類を適切に保管し、いつでも参照できるようにする。 |
| システムによる管理 | 排出量管理システムなどを導入し、データの入力ミス防止、自動計算、履歴管理などを効率的に行う。 強固な内部統制は、第三者検証の際にもその有効性が評価され、検証プロセスをスムーズに進める上で大きな助けとなります。 |
情報連携の具体的な方法
部門横断的な情報連携を円滑に進めるためには、以下のような具体的な方法が有効です。
| 対応概要 | 実施内容 |
|---|---|
| 定期的な会議体の設置 | GX-ETS対応に関する各部門の担当者が集まる定例会議を設置し、進捗状況の共有、課題の洗い出し、情報交換を行う。 |
| 社内ポータルの活用 | GX-ETSに関する情報、ガイドライン、算定マニュアル、Q&Aなどを一元的に集約した社内ポータルサイトを構築し、いつでも必要な情報にアクセスできるようにする。 |
| 排出量管理システムの導入 | データの収集、算定、集計、報告までを一元的に管理できるシステムを導入することで、手作業によるミスを減らし、効率的な情報連携を実現する。 |
まとめ
GX-ETSへの対応は、単一の部署で完結するものではなく、企業全体の部門横断的な取り組みが不可欠です。担当部署の明確化と役割分担、経営層が関与するガバナンス体制の確立、そしてデータ信頼性を担保する内部統制の強化が、成功の鍵となります。これらの体制を整備し、円滑な情報連携を図ることで、企業はGX-ETSへの対応を効率的かつ効果的に進めることができます。
次回は、この社内体制を整備し、排出量データを準備する中で企業が「検証に向けた準備でつまずくポイント」について、具体的な事例を交えながら解説してまいります。
当社は、経済産業省のGX-ETSにおける第三者検証機関として登録されており、独立した第三者検証機関としてGX-ETSにおける排出量実績報告をサポートいたします。
GX-ETS第三者検証サービスの詳細はこちらをご覧ください。
GX-ETS 第三者検証サービス
お客様が算定・報告されたGHG排出量データが、GX-ETSのガイドラインや国際基準(ISO 14064-3など)に準拠しているかを客観的に評価・確認します。
また、GX-ETSへの対応でお困りの際は、当社までお気軽にご連絡ください。
お問い合わせ参考資料
経済産業省「GXリーグ公式サイト:排出量取引制度(GX-ETS)」
https://gx-league.go.jp/action/gxets/
内閣官房GX実行会議資料「GX実行に向けた基本方針」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/index.html