はじめに
前回は、EUや中国など海外の主要な排出量取引制度(ETS)と日本のGX-ETSとの比較を通じて、グローバル動向の把握、炭素価格変動への備え、そして国際的な競争環境で優位性を保つための脱炭素化投資の重要性について解説いたしました。国際的な視点から、日本のGX-ETSの立ち位置をご理解いただけたことと存じます。
今回は、GX-ETS制度が企業の価値にどのような影響を与えるのか、特に「炭素が財務に与える意味」に焦点を当てて深掘りしてまいります。GX-ETSへの対応は、単なる環境規制への遵守に留まらず、企業の財務情報や非財務情報、ひいては投資家対応にまで影響を及ぼす重要な経営課題です。初心者の方や企業の担当者の皆様が、この制度が企業価値に与える多角的な影響を明確に把握できるよう、詳しく解説いたします。
カーボンプライシングの導入と財務への影響
GX-ETSの本格稼働(フェーズ2)では、排出枠の有償化が導入され、企業は排出量に応じてコストを負担することになります。これは、温室効果ガス排出に金銭的な価値を付与する「カーボンプライシング」の具体的な形であり、企業の財務に直接的な影響を与えます。
1. 新たなコスト要因としての炭素価格
排出枠の購入費用は、企業にとって新たな事業コストとなります。排出量が多い企業ほど、より多くの排出枠を購入する必要があるため、コスト負担が増大します。これは、企業の損益計算書において、売上原価や販売費・一般管理費の一部として計上される可能性があります。 一方で、排出量削減に成功し、排出枠を余らせた企業は、その超過削減枠を売却することで収益を得る機会も生まれます。このように、炭素価格は企業のキャッシュフローに直接的な影響を与える要素となります。
2. 投資判断への影響
炭素価格の導入は、企業の設備投資や事業戦略の意思決定にも影響を与えます。例えば、高排出量の設備への投資は、将来的な炭素コストの増加リスクを伴うため、より低排出な技術への投資が促進されることになります。これは、企業の長期的な競争力を左右する重要な投資判断となります。 また、炭素価格の変動リスクを適切に管理することも、財務戦略の一部として重要になります。
3. 炭素会計の重要性
GX-ETSへの対応は、企業が排出量に関する情報を財務報告にどのように組み込むかという「炭素会計」の重要性を高めます。排出枠の取得、保有、売却、償却に関する会計処理や、将来的な炭素負債の見積もりなど、新たな会計上の論点が生じます。正確な炭素会計は、企業の財務状況を適切に開示し、投資家対応を円滑に進める上で不可欠です。
非財務情報としての重要性
GX-ETSへの対応は、企業の非財務情報の開示においても極めて重要な意味を持ちます。近年、投資家や金融機関は、企業の財務情報だけでなく、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)といった非財務情報を重視する傾向が強まっています。
1. ESG評価への影響
GX-ETSへの積極的な参加や排出量削減目標の達成は、企業のESG評価を向上させる重要な要素となります。特に、環境(E)の側面において、温室効果ガス排出量削減へのコミットメントと実績は、企業のサステナビリティへの取り組みを示す強力な証拠となります。 高いESG評価は、機関投資家からの投資を呼び込み、資金調達コストの低減に繋がる可能性があります。
2. 情報開示の強化と透明性
GX-ETSでは、参加企業の排出量削減目標や進捗、実績が「GXダッシュボード」などで公開される予定です。このような情報開示の強化は、企業の環境パフォーマンスに関する非財務情報の透明性を高めます。 透明性の高い情報開示は、ステークホルダー(投資家、顧客、従業員、地域社会など)からの信頼を獲得し、企業のレピュテーション向上に貢献します。
投資家対応と企業価値向上
GX-ETSへの対応は、企業の投資家対応において、ますます重要な要素となっています。
1. 投資家の関心の高まり
機関投資家や金融機関は、気候変動が企業にもたらすリスク(移行リスク、物理的リスク)と機会を深く認識しており、投資先の企業の脱炭素戦略や排出量管理体制を厳しく評価しています。GX-ETSへの積極的な対応は、企業がこれらの気候変動リスクを適切に管理し、持続可能な成長を目指していることを示す強力なメッセージとなります。
2. グリーンファイナンスの活用
排出量削減に向けた投資は、グリーンボンドやサステナビリティ・リンク・ローンといったグリーンファイナンスの対象となり得ます。GX-ETSへの対応を通じて、企業の脱炭素化へのコミットメントと実績を示すことで、これらの資金調達手段を活用しやすくなり、新たな成長資金を獲得する機会が生まれます。
3. 長期的な企業価値向上
GX-ETSへの対応は、短期的なコスト負担を伴う可能性がありますが、長期的には企業の競争力強化と企業価値向上に繋がります。排出量削減によるエネルギーコストの低減、新たな脱炭素技術の開発・導入、ブランドイメージの向上、そして気候変動リスクへの耐性強化は、持続可能な企業成長の基盤となります。
まとめ
GX-ETSは、カーボンプライシングの導入を通じて企業の財務に直接的な影響を与えるとともに、非財務情報の開示や投資家対応の観点からも、企業価値に多大な影響を及ぼします。
炭素排出は、もはや単なる環境問題ではなく、企業の財務戦略、リスク管理、そして長期的な成長戦略の中核をなす要素として捉えるべきです。GX-ETSへの積極的かつ戦略的な対応は、企業の持続可能性を高め、競争優位性を確立するための重要な経営課題と言えるでしょう。
次回は、GX-ETS制度への対応に向けて企業が「まずやるべきことは何か?」について、対応スケジュールや初期行動のポイントを具体的に解説してまいります。GX-ETSへの対応でお困りの際は、経済産業省のGX-ETSにおける第三者検証機関として登録されている弊社が、皆様の制度対応を強力にサポートいたします。次回以降の解説にご期待ください。
当社は、経済産業省のGX-ETSにおける第三者検証機関として登録されており、独立した第三者検証機関としてGX-ETSにおける排出量実績報告をサポートいたします。
GX-ETS第三者検証サービスの詳細はこちらをご覧ください。
GX-ETS 第三者検証サービス
お客様が算定・報告されたGHG排出量データが、GX-ETSのガイドラインや国際基準(ISO 14064-3など)に準拠しているかを客観的に評価・確認します。
また、GX-ETSへの対応でお困りの際は、当社までお気軽にご連絡ください。
お問い合わせ参考資料
経済産業省「GXリーグ公式サイト:排出量取引制度(GX-ETS)」
https://gx-league.go.jp/action/gxets/
内閣官房GX実行会議資料「GX実行に向けた基本方針」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/index.html