はじめに
前節 までで、LCAが製品のライフサイクル全体を評価し、コスト削減やリスク管理、そしてデータに基づく意思決定に貢献する強力なツールであることをご理解いただけたかと思います。
しかし、LCAは非常に複雑な評価手法であり、その結果が客観的で信頼できるものであるためには、共通のルールが必要です。
そこで登場するのが、LCAの国際的な標準化を定めたISO 14040とISO 14044です。
この節では、これら二つの国際規格がLCAにおいてどのような役割を果たし、なぜ企業にとってその理解が不可欠なのかをわかりやすく解説します。
なぜLCAに「国際標準」が必要なのか?
LCAは、製品の環境負荷を定量的に評価する手法ですが、評価の範囲やデータの収集方法、影響の算定方法などがバラバラでは、異なる製品や企業のLCA結果を比較することができません。
また、結果の信頼性も担保されず、「本当に環境に良いのか?」という疑問が残ってしまいます。
そこで、国際標準化機構(ISO)が、LCAの実施方法に関する世界共通のルールを定めました。
それが、ISO 14040とISO 14044です。
これらの規格に準拠することで、LCAの結果は客観性と信頼性を持ち、国際的な比較や情報開示が可能になります。
ISO 14040:LCAの「原則と枠組み」を定める基本の書
ISO 14040は、LCAの「原則と枠組み」を定めた最も基本的な規格です。
LCAがどのような目的で、どのような考え方に基づいて実施されるべきか、その全体像と倫理的な側面を示しています。
この規格は、LCAの以下の4つの主要な段階を明確に定義し、それぞれの段階がどのように関連し合うべきかを規定しています。

【図:LCAの4つの主要段階(ISO 14040に基づく)】
1. 目的と範囲設定(Goal and Scope
Definition):
LCAを実施する目的、評価対象となる製品システムの範囲、機能単位(例:1kgの製品、100km走行する自動車など)などを明確に定めます。
2. インベントリ分析(Life Cycle Inventory Analysis:
LCI):
定義された製品システムのライフサイクル全体で、どのような資源が投入され、どのような環境排出物(CO₂、排水、廃棄物など)が発生したかを定量的に収集・集計します。
3. 環協影響評価(Life Cycle Impact Assessment:
LCIA):
LCIで集計された環境排出物が、具体的にどのような環境影響(地球温暖化、酸性化、資源枯渇など)を引き起こす可能性があるかを評価します。
4. 結果の解釈(Life Cycle Interpretation):
LCIとLCIAの結果を分析し、LCAの目的とスコープに照らして結論を導き出し、改善点や推奨事項を特定します。
これらの段階は独立しているのではなく、相互にフィードバックし合いながらLCAが実施されるべきであると、ISO 14040は示しています。
ISO 14044:LCAの「要求事項と指針」を定める実践の書
ISO 14044は、ISO 14040で示された原則と枠組みに基づき、LCAを実際に実施するための具体的な「要求事項と指針」を定めた規格です。
LCAの各段階でどのような手順を踏み、どのようなデータを扱い、どのように結果を報告すべきかといった、より詳細な技術的側面をカバーしています。
ISO 14044は、特に以下の点について具体的なガイダンスを提供します。
データ収集の品質と信頼性:どのようなデータを、どの程度の精度で収集すべきか。
影響評価の方法論:LCIAの各カテゴリーでどのような算定モデルや係数を用いるべきか。
結果の報告と批判的レビュー:LCAの結果をどのように報告し、第三者によるレビュー(批判的レビュー)をどのように受けるべきか。
つまり、ISO 14040がLCAの「なぜ(目的)と何を(全体像)」を示すのに対し、ISO 14044は「どのように(具体的な実施方法)」を詳細に規定していると言えます。
両者の関係性を以下の表にまとめました。
【表1:ISO14040とISO14044の関係性】
項目 | ISO 14040(原則と枠組み) | ISO 14044(要求事項と指針) |
---|---|---|
役割 | LCAの基本的な考え方、目的、主要な段階を定義 | LCAの各段階における具体的な実施方法、要求事項、ガイダンスを提供 |
内容 | LCAの全体像、倫理的側面、4つの主要段階の相互関係 | データ収集、影響評価、結果の解釈、報告、批判的レビューの詳細 |
位置づけ | LCAの「基本の書」 | LCAの「実践の書」 |
ISO規格に準拠するメリット:信頼性と競争力の向上
企業がLCAを実施する際にISO 14040とISO 14044に準拠することには、以下のような大きなメリットがあります。
【表2:ISO規格準拠によるメリットと効果】
メリット | 具体的な効果 |
---|---|
結果の信頼性・客観性の確保 | 国際的に認められた手法で評価することで、LCA結果の科学的根拠と公平性を証明し、社内外からの信頼を獲得します。 |
国際的な比較可能性の向上 | 世界共通のルールで評価されるため、自社製品の環境性能を他社や国際的なベンチマークと比較し、強み・弱みを客観的に把握できます。 |
情報開示の説得力強化 | 環境報告書などでLCA結果を開示する際、ISO準拠を明記することで情報の信頼性が高まり、投資家や顧客からの評価向上につながります。 |
サプライチェーン全体の環境管理 | サプライヤーにもISO準拠のLCAを求めることで、供給網全体の環境負荷を統一基準で評価・管理し、強固なリスク管理体制を構築できます。 |
LCAは、単に環境負荷を測るだけでなく、企業の持続可能性戦略を支える重要なツールです。
そして、そのLCAの信頼性と有効性を保証するのが、ISO 14040とISO 14044という国際標準なのです。
これらの規格を理解し、LCAを適切に実施することは、現代の企業にとって不可欠な競争力強化の手段と言えるでしょう。
次の章では、より具体的な算定方法やLCAによって評価できる指標、また評価に必要な算定モデルについて解説します。
参考文献
ISO 14040:2006, Environmental management — Life cycle
assessment — Principles and framework.
https://www.iso.org/standard/37456.html
ISO 14044:2006, Environmental management — Life cycle
assessment — Requirements and guidelines.
https://www.iso.org/standard/38498.html