はじめに
前回の記事までで述べた通り、欧州エコデザイン規則(ESPR)がEU市場に流通するほぼすべての製品を対象となります。
そのため、具体的にESPRがどのような「持続可能な製品」を理想としているのか、その核心的な考え方と、企業が満たすべきエコデザイン要件の方向性について詳しく理解することは、今後の製品開発や事業戦略において不可欠です。
ESPRは、単に環境に優しい製品を推奨するだけでなく、製品のライフサイクル全体を通じて環境負荷を低減し、資源の循環性を最大化することを目指しています。
本記事では、ESPRが追求する「持続可能な製品」の定義、ライフサイクルアプローチの重要性、そして具体的なエコデザイン要件の方向性について解説します。
ライフサイクルアプローチの重要性
ESPRが目指す「持続可能な製品」とは、製品の特定の段階だけでなく、そのライフサイクル全体を通じて環境負荷が最小限に抑えられている製品を指します。
これは、原材料の調達から設計、製造、流通、使用、そして最終的な廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全段階において、環境への影響を評価し、改善していくという考え方です。
このアプローチが重要視される背景には、以下のような課題認識があります。
サプライチェーン全体の環境負荷:製品の環境負荷は、製造工程だけでなく、原材料の採掘、輸送、使用時のエネルギー消費、廃棄物の処理など、サプライチェーンの様々な段階で発生します。
部分的な最適化の限界:特定の段階(例:使用時のエネルギー効率)のみを改善しても、他の段階で大きな環境負荷が発生していれば、全体としての持続可能性は向上しません。
循環型経済への移行:製品寿命の延長、修理・再利用の促進、高品質なリサイクルを可能にする設計は、資源の枯渇を防ぎ、廃棄物を削減する循環型経済の実現に不可欠です。
ESPRは、このライフサイクルアプローチを法的枠組みとして組み込むことで、企業が製品開発の初期段階から環境配慮を徹底することを促しています。
具体的なエコデザイン要件の方向性
ESPRは、製品のライフサイクル全体での環境負荷低減を実現するために、16項目にわたる具体的なエコデザイン要件の改善を目指しています。
これらの要件は、今後、製品グループごとに制定される委任法によって詳細が規定されますが、その方向性は以下の通りです。
| 要件カテゴリ | 具体的な内容 | 企業に求められる対応例 |
|---|---|---|
| 耐久性・信頼性 | 製品寿命の延長、故障しにくい設計 | 高品質な素材の採用、厳格な品質管理、製品保証の充実 |
| 再利用性・更新可能性 | 部品や製品全体が再利用・更新しやすい設計 | モジュール設計の採用、互換性のある部品の提供 |
| 修理可能性 | 消費者や専門業者が修理しやすい設計、修理部品の入手可能性、修理情報の提供 | 修理マニュアルの公開、スペアパーツの長期供給、修理サービスの提供 |
| リサイクル可能性 | リサイクルしやすい素材の選定、分解しやすい構造、有害物質の低減 | リサイクル材の利用促進、モノマテリアル化、有害物質の代替 |
| リサイクル材含有量 | 製品に含まれる再生材料の比率の向上 | 再生プラスチックや再生金属などの積極的な利用 |
| エネルギー効率 | 使用時および製造時のエネルギー消費量の削減 | 省エネ技術の導入、再生可能エネルギーの利用 |
| 資源効率 | 製品製造における水、原材料などの資源使用量の削減 | 軽量化、使用資源の最適化、製造プロセスの改善 |
| 有害物質の制限 | 特定の懸念物質の使用制限や情報提供 | 規制物質リストの遵守、代替物質の開発・採用 |
| カーボンフットプリント | 製品のライフサイクル全体での温室効果ガス排出量の削減 | LCA(ライフサイクルアセスメント)の実施、排出量削減目標の設定 |
| 環境フットプリント | 製品のライフサイクル全体での包括的な環境影響の削減 | 詳細な環境影響評価、多角的な環境改善策の実施 |
| トレーサビリティ | サプライチェーンにおける製品・部品の追跡可能性の確保 | サプライヤーとの連携強化、デジタル管理システムの導入 |
| 情報開示(DPP) | デジタル製品パスポート(DPP)を通じた製品情報の透明性確保 | 製品情報のデジタル化、共通プラットフォームへの登録、データ連携 |
| 売れ残り製品の廃棄禁止 | 未使用の消費者製品の廃棄を禁止し、再利用や寄付などを促進 | 在庫管理の最適化、需要予測の精度向上、余剰品の再流通チャネル構築 |
| グリーン公共調達 | 公共調達において、技術仕様や落札基準を製品の持続可能性側面と関連付ける | 公共調達基準への適合、環境性能の高い製品の開発 |
| 水の使用量 | 製品のライフサイクル全体での水使用量の削減 | 製造工程での節水技術導入、水資源管理の最適化 |
| 化学物質管理 | 製品に含まれる化学物質の安全性評価と管理の強化 | 規制化学物質の監視、安全な代替物質への切り替え |
これらの要件は、企業が製品を開発する際に、単なる機能性やコストだけでなく、環境的・社会的な側面を包括的に考慮することを求めています。
まとめ
ESPRが目指す「持続可能な製品」とは、ライフサイクルアプローチに基づき、原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまで、製品が環境に与える負荷を最小限に抑え、資源の循環性を最大化するものです。
耐久性、修理可能性、リサイクル性、資源効率、そしてデジタル製品パスポートによる情報開示など、多岐にわたるエコデザイン要件が企業に課せられます。
これは、企業にとって新たな挑戦であると同時に、持続可能性を競争優位性へと転換し、ブランド価値を高める絶好の機会でもあります。
EU市場で成功するためには、これらの要件を深く理解し、製品開発とビジネスモデルの変革を積極的に進めることが不可欠です。
今回はESPRが目指す「持続可能な製品」について解説しました。次章では、ESPRの中でも特にDDPについて解説いたします。
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参考資料
デジタル製品パスポート(DPP)とは?事業者が知るべき全体像と義務
https://alca-lca.com/magazine/standards-regulation/dpp-overview
一般財団法人流通システム開発センター「Digital Product
Passport (デジタル製品パスポート)」
https://www.gs1jp.org/standard/industry/dpp/
TUVSUD
JAPAN「ESPRとは?EUの持続可能な製品エコデザイン規則を詳しく解説」
https://www.tuvsud.com/ja-jp/resource-centre/stories/jp-espr
総合地球環境学研究所「サーキュラーエコノミーとDPP(デジタル製品パスポート)」
https://www.env.go.jp/content/000185559.pdf