はじめに
排出量取引制度(ETS)は、政府などが温室効果ガス排出量の総量(キャップ)を設定し、その範囲で企業に排出枠を割り当てて取引する仕組みです。
企業は自社の排出量に相当する排出枠を保有・消化する義務があり、目標を超えた削減分は他社に売却、不足分は他社から購入することで、コスト効率よく排出削減を進められます。
この「キャップ&トレード」方式では、削減を多く達成した企業は目標を超えた削減分(余剰分)を収益化できる一方、未達の企業は調達コストが発生するという市場原理が働きます。
GX-ETSでは、この仕組みをベースにしつつ、日本の企業文化や政策背景に合わせた制度設計がなされており、特に企業自身が2030年・2025年の排出目標や、2023~25年の累積削減目標を自主的に設定する点が特徴的です。
さらに、企業が国の削減目標(NDC)以上の水準で削減を達成した場合には、「超過削減枠」が発行され、これを他企業に販売することができるため、削減努力がビジネス上のインセンティブにもつながります。
第1フェーズ(2023-2025年度)の仕組み
GX-ETSは、2023年度から「フェーズ1」と呼ばれる試行段階に入りました。この期間は、実際の運用に先立ち、制度の妥当性・有効性・実効性を検証する目的があります。参加企業数は約750社にのぼり、参加企業の排出量は日本全体の約5割を占めます。
フェーズ1の流れは、以下の4ステップで構成されます:
1. 目標設定(プレッジ)
企業は、自社の直接排出(スコープ1)および間接排出(スコープ2)について、2030年・2025年の中長期目標と、3年間(2023~2025年)の累積排出削減目標を自主的に定めます。
2. 排出量報告と検証
毎年度の排出量をGHGプロトコルに基づいて算定・報告し、一定規模以上の企業は第三者検証を受ける必要があります。報告期限は年度終了後の10月末です。例えば、2023年度の排出量は、2024年10月末までに報告が必要です。
3. 排出枠の取引
削減目標を超えて削減した場合、その差分に応じて「超過削減枠」が発行されます。これはマーケット上で売買可能です。一方、未達だった場合は、他の企業が発行した排出クレジット(J-クレジット、JCMなど※)を購入するか、未達理由を開示する必要があります。
※J-クレジット制度(国内クレジット):企業や自治体が省エネ設備や森林管理などで削減・吸収した温室効果ガスを「クレジット」として国が認証し、排出量削減や収益獲得に活用できる国内制度
※JCM:日本が途上国との二国間協定に基づき、脱炭素技術や資金を提供して得た温室効果ガス削減効果を定量的に評価し、その一部を日本の気候目標(NDC)に活用できる国際協力型の制度
4. 進捗の開示とレビュー
すべての企業の目標設定や削減実績は、GXリーグが運営する「GXダッシュボード」で公開されます。
Group GとGroup X:企業規模によるルールの違い
制度上、企業は2021年度のスコープ1排出量に応じて以下の2つのグループに分類され、それぞれの要件が異なります。
区分 | Group G(10万以上) | Group X(10万未満) |
---|---|---|
対象 | 大規模排出企業 | 中小規模排出企業 |
目標設定 | 必須 | 必須 |
検証義務 | 必須(第三者検証) | 任意 |
超過削減枠発行 | 可 | 不可 |
超過削減枠取引 | 可(取引口座必要) | 可(同上) |
Group Gの企業は、制度に対する信頼性を担保するため、より厳格な要件が課されています。
制度設計の意図と拡張可能性
GX-ETSの設計は「試行→本格導入→高度化」というステップで進んでおり、2026年度以降に開始されるフェーズ2での本格運用に向け、現在は実証・検証の段階です。
制度の柔軟性とインセンティブ性を高めるため、2024年には、従来のJ-クレジット等に加え、新たに「その他の適格クレジット」も条件付きで使用可能とする方針が示されました。これにより、クレジット調達手段の多様化が進み、排出削減の目標達成がより現実的になります。
今後、排出枠の発行ルールやインセンティブの強化、他の制度(移行税、炭素賦課金など)との連携も検討されており、日本の気候政策における中核的な市場メカニズムとしての進化が期待されます。
企業が今考えるべきこと:準備とリスク管理の視点から
GX-ETSの特徴は、「参加は任意、しかし透明性は義務」という点です。制度が任意であることから、「様子見」姿勢の企業も一定数存在しています。しかし、次の点で早期の準備は重要です。
・排出量の正確な把握体制を整備できているか
・検証体制(内部統制、外部レビュー)に対応可能か
・削減目標を実現する技術・投資計画があるか
・クレジット調達・管理の業務フローが整っているか
今後、制度が義務化に近づく可能性や、国際競争力維持の観点からも、排出量の可視化と信頼性確保、社内体制の強化は早期対応が望ましい領域です。GX-ETSは単なる規制対応ではなく、脱炭素投資を競争優位に変える好機でもあるのです。
次回予告:排出量データの整備と第三者検証のポイント
次回の記事(第2章)では、「排出量の算定と第三者検証」について詳しく解説します。
企業が最も悩みやすい「何を、どこまで、どう算定すべきか」「検証をどう受けるべきか」といった疑問に対し、制度的な要請と実務対応の両面から整理していきます。
参考資料・リンク(外部)
GXリーグ公式サイト
https://gx-league.go.jp
環境省:GX実現に向けたカーボンプライシングに関する検討資料
https://www.env.go.jp/content/000209894.pdf