はじめに

これまでの記事で、LCA(ライフサイクルアセスメント)が製品のデザインや材料選定、サプライチェーンマネジメント(SCM)、そしてエコラベル取得やレポーティングといった企業の対外的なコミュニケーションにどう活用されるかを解説してきました。

LCAは、単なる環境評価ツールにとどまらず、今や企業の事業戦略を左右する重要な要素となっています。

世界的に脱炭素社会への移行が加速する中、各国・地域では環境規制動向が急速に強化されており、企業はこれに対応することが喫緊の課題です。
特に、製品のライフサイクル全体にわたる環境負荷の開示や削減を求める動きが顕著です。

本記事の前編では、EUを中心に進むデジタル製品パスポート(DPP)やカーボンフットプリント(CFP)の義務化、そして日本におけるCFP関連の規制動向とグリーン調達について概観します。

EUを牽引役とする新たな規制動向

EUは、グリーンディール政策の下、循環経済への移行を強力に推進しており、その中でLCAの考え方が深く組み込まれた新たな規制動向が生まれています。

1. デジタル製品パスポート(DPP)

EUが導入を進めるDPPは、製品のライフサイクル全体にわたる情報(原材料、製造プロセス、修理可能性、リサイクル性、環境負荷データなど)をデジタル形式で記録・共有する仕組みです。

これにより、製品のトレーサビリティと透明性を確保し、循環経済の実現を加速させることを目指します。

製品のカーボンフットプリント(CFP)などの環境負荷データは、DPPの主要な情報項目となることが想定されており、企業は製品ごとのCFPを整備する必要性が高まります。

2. カーボンフットプリント(CFP)の義務化とグリーン調達

EUでは、特定の製品カテゴリーにおいてCFPの開示を義務化する動きが進んでいます。

これは、企業が自社のScope3排出量を正確に把握し、削減目標を設定するために、サプライチェーン上流の企業に対してCFPデータの提供を強く求める「グリーン調達」の動きを加速させています。

例えば、バッテリー規則では、バッテリーのCFP開示が義務付けられ、将来的には性能クラスの表示も求められます。
これにより、企業は製品レベルでの脱炭素努力が求められ、LCAの実施が不可欠となります。

3. 炭素国境調整メカニズム(CBAM)

EU域外からの輸入品に対し、その製造過程で排出されたCO₂量に応じて課金する制度です。

これは、EU域内の企業が脱炭素努力をしても、域外からの安価な高炭素製品が流入する「カーボンリーケージ」を防ぐ目的があります。
CBAMの対象となる製品を輸出する企業は、その製品のCFPを正確に算定し、開示する能力が求められます。

日本におけるCFP関連動向

日本においても、CFPに関する規制や取り組みが進んでいます。

1. カーボンフットプリント(CFP)の推進

日本では、経済産業省・環境省が主導し、製品のCFP算定・表示を推進する「CFPコミュニケーションプログラム」の運営や「CFPガイドライン」の公開が進められています。

サプライチェーンにおけるGHG排出量削減の重要性が高まるにつれて、企業間でのCFPデータ共有の要請が強まっている中、国を挙げてCFPを推進する動きとなります。

特に、大企業がサプライヤーに対してCFPデータの提供を求める「グリーン調達」の動きは、日本でも活発化しており、中小企業にとってもCFP算定能力の構築が重要課題となっています。

2. グリーン購入法

日本には「国等による環境物品等の調達の推進等に関する法律」(グリーン購入法)があり、国や地方公共団体が環境負荷の少ない製品・サービスを優先的に調達することを義務付けています。

この法律は、製品のライフサイクル全体を考慮した環境配慮を促すものであり、LCAの考え方がその根底にあります。

3.建築物LCCO2規制

建築分野では、2050年カーボンニュートラルに向け、建物のライフサイクル全体(LCCO2)でのCO2削減が不可欠です。

EUでは2028年からのLCCO2算定・公表義務化が進む一方、日本も2028年を目途に同様の制度導入を目指し、J-CATやCASBEEなどのツールで算定を促進しています。
企業はこれらの国内外の規制動向に対応し、脱炭素戦略を強化する必要があります。

まとめと次のステップ

本記事前編では、製品やサプライチェーンにおける国内外の主要な環境規制動向、特にEUのDPPやCFP義務化、そして日本のCFP推進とグリーン調達について概観しました。

これらの動きは、企業が製品のライフサイクル全体にわたる環境負荷を把握し、削減する能力を強化することの重要性を示しています。

次回以降の記事では、各規制における算定・評価の重要性、そのアプローチ、そして国内外で進む促進制度について詳しく解説します。

参考文献

経済産業省、カーボンフットプリントレポート
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_footprint/pdf/20230331_2.pdf

経済産業省、カーボンフットプリントガイドライン
https://www.env.go.jp/content/000124385.pdf

経済産業省、EY新日本有限責任監査法人、主要国のCBAM関連動向
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/cbam/pdf/001_04_00.pdf

日本総合研究所、欧州による炭素国境調整措置(CBAM)の始動とわが国への示唆~製品単位の排出量管理が重要に~
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=106266

一般社団法人サステナブル経営推進機構、カーボンフットプリントコミュニケーションプログラム
https://www.cfp-japan.jp/

環境省、カーボンフットプリントコミュニケーションプログラム
https://www.env.go.jp/policy/hozen/green/ecolabel/a05_02.html

環境省、グリーン購入法について(グリーン購入法.net)
https://www.env.go.jp/policy/hozen/green/g-law/

国土交通省、建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度に関する検討会
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/jutakukentiku_house_tk4_000302.html