はじめに

2028年を目途に「建築物LCA(ライフサイクルアセスメント)」の実施を促す制度が本格導入される見込みであり、データ収集体制と算定手順の整備を含め、制度開始前からの準備が不可欠となります。

しかし、「義務化されるのは分かっているけれど、具体的に何から手をつければいいのか…」と、お悩みの方もいらっしゃるかと存じます。

そこで、この記事では建築物LCAの導入に向けて、LCA担当者が今すぐ始めるべき具体的な5つのステップを、分かりやすく解説します。

なぜ今、建築物LCAへの準備が急務なのか?

まず、なぜ建築物LCAへの準備がこれほどまでに重要視されているのか、その背景を改めて確認します。

1. 国際的な脱炭素化の潮流と国内制度化の動き

EUでは、2028年から大規模な新築建築物に対するライフサイクルカーボンの算定・公表が義務化される見込みであり、この国際的な動きは日本にも大きな影響を与えます。日本政府も2050年カーボンニュートラル、2030年GHG(温室効果ガス)46%削減という目標を掲げ、建築分野における制度整備を加速させています。国土交通省は2028年度を目途に、建築物LCAの実施を促す制度の開始を目指しており、これはもはや避けられない流れです。

2. 「隠れた排出量」エンボディードカーボンの重要性

これまでの脱炭素対策は、建物の運用時に排出されるCO2(オペレーショナルカーボン)の削減が中心でした。しかし、建材の製造、輸送、建設工事、そして解体・廃棄時に発生するCO2(エンボディードカーボン)も、建物のライフサイクル全体で見ると非常に大きな割合を占めます。建築分野は世界の温室効果ガス排出量の約28%を占めるとも言われており、建築物LCAは、この「隠れた排出量」も含めて評価することで、より包括的な脱炭素化を推進する上で不可欠なツールとなります。

3. 企業価値向上と競争力強化

ESG投資の拡大やサプライチェーン全体の脱炭素化が求められる中、建築物LCAによるCO2排出量の透明な開示は、企業のサステナビリティ情報開示(Scope3排出量)への対応としても重要です。LCAへの積極的な取り組みは、企業の環境パフォーマンスを高め、投資家からの評価や市場での競争力向上に直結します。

建築物LCA導入に向けた5つの準備ステップ

それでは、具体的に何を始めれば良いのでしょうか。LCA担当者が今すぐ取り組むべき5つのステップをご紹介します。


ステップ1:制度の全体像とロードマップを理解する

まずは、今後導入される制度の全体像と、それに至るまでのロードマップを正確に把握することが重要です。

対象範囲の確認:制度は段階的に導入される見込みで、まずは公共建築物や大規模な新築建築物から先行して実施される可能性があります。自社がどのタイミングで対象となるのかを把握しましょう。

義務化の内容:当初は排出量規制ではなく、算定・報告の義務化から始まることが検討されています。まずは正確な算定ができる体制づくりが求められます。

先行事例の調査:2025年度からは、国が発注する庁舎等でLCA算定が先行実施されます。また、東京都では延床面積2,000㎡以上の新築建物に対し、建設時CO2排出量の把握・削減が評価基準に盛り込まれています。これらの先行事例から、具体的な取り組みのイメージを掴みましょう。


ステップ2:算定範囲と方法の基本を把握する

建築物LCAでは、建物のライフサイクル全体を以下の段階に分けて評価します。

A1-A3:建材・設備の製造

A4-A5:建設工事

B1-B6:運用(使用)

C1-C4:解体・廃棄

D:再利用・リサイクル・エネルギー回収等

これらの各段階で発生するCO2排出量を算定することになります。算定方法については、国際規格(EN 15978、ISO 14025、ISO 21930など)を参考に、国内の実態に合わせたルールが整備される予定です。

エンボディードカーボンとオペレーショナルカーボンのバランスや、それぞれの削減によるトレードオフ(一方を減らすと他方が増える可能性)も考慮に入れる必要があります。


ステップ3:データ基盤とツールの活用を検討する

LCA算定には、建材や設備のCO2排出原単位データが不可欠です。

データ収集の準備:個社製品データ(EPD:環境製品宣言)、業界代表データ、国が整備するデフォルト値などがデータ基盤として整備される見込みです。自社が使用する建材や設備のデータがどこまで揃っているかを確認し、不足分についてはサプライヤーへの問い合わせや情報収集を始めましょう。

算定ツールの活用:国土交通省が開発した「建築物ホールライフカーボン算定ツール(J-CAT)」や「CASBEE(建築環境総合性能評価システム)」など、LCA算定を支援するツールがあります。これらのツールの活用を検討し、試行的に算定を行ってみることで、必要なデータや算定プロセスへの理解を深めることができます。


ステップ4:社内体制の構築と人材育成を進める

建築物LCAは、特定の部署だけで完結するものではありません。

部門横断的な連携:設計、調達、施工、維持管理など、建物のライフサイクルに関わる全ての部署との連携が不可欠です。LCA推進のための社内ワーキンググループの設置などを検討し、情報共有と協力体制を構築しましょう。

専門知識の習得:LCA算定には専門的な知識が求められます。社内での勉強会開催や、外部のLCA専門家による研修受講などを通じて、担当者の知識レベル向上を図りましょう。

外部専門家との連携:LCA算定は複雑なプロセスを伴うため、初期段階ではLCAコンサルティング会社などの外部専門家のサポートを検討することも有効です。


ステップ5:既存プロジェクトでの試行的算定から学ぶ

制度の本格導入を待つのではなく、今から既存のプロジェクトや計画中の案件でLCAの試行的算定を行ってみましょう。

実践を通じた課題発見:実際に算定を行うことで、どのようなデータが必要か、どこでデータ収集が難しいか、どの段階でCO2排出量が多いかなど、具体的な課題が見えてきます。

ノウハウの蓄積:試行錯誤を繰り返すことで、社内にLCA算定のノウハウが蓄積され、本格導入時のスムーズな移行につながります。

削減策の検討:算定結果に基づいて、環境配慮型資材の選択、長寿命化設計、施工プロセスの効率化など、具体的なCO2削減策を検討する良い機会となります。

まとめ:早期の準備が未来の競争力を生む

建築物LCAの義務化は、建設業界にとって大きな変化をもたらしますが、同時に脱炭素経営を加速させ、持続可能な社会に貢献するための大きなチャンスでもあります。

「何から始めれば良いか分からない」という状況から一歩踏み出し、上記の5つのステップを参考に、今すぐ準備を始めることが、貴社の未来の競争力を高める鍵となります。

建築物LCAに関する具体的なご相談や、算定支援、社内研修などにご興味がございましたら、ぜひALCAの専門家にお問い合わせください。貴社の状況に合わせた最適なサポートを提供し、建築物LCAへのスムーズな移行を強力に支援いたします。

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参考文献

ALCA Magazine「日本における建築物LCAの算定・評価促進制度【LCA入門 7-2】」
https://alca-lca.com/magazine/lca/7-2-building-lca-japan

ALCA Magazine「6-2. グリーン調達法、デジタル製品パスポート(DPP)、建築物LCA(ホールライフカーボン:WLC)の最新動向と企業への影響」
https://alca-lca.com/magazine/lca/6-2-green-procurement-dpp-wlc

ALCA Magazine「7-1. 建築物 LCAに関する国際的な動向と主要な取り組み事例」
https://alca-lca.com/magazine/lca/7-1-building-lca-trends

ALCA Magazine「7-3. 建築物LCAの算定・評価アプローチとツール」
https://alca-lca.com/magazine/lca/7-3-building-lcco2-tools

国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの算定・評価等を促進する制度」
https://www.mlit.go.jp/common/001909187.pdf

国土交通省「建築物のライフサイクルカーボンの削減に向けた制度のあり方」
https://www.mlit.go.jp/common/001912810.pdf